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クールトーク。第13弾 DISKAHとスケートとアート


アーティストDISKAHはどう生まれたのか

インスピレーションをもらえたり、こだわりを感じられたり、何かを始めるきっかけになったり。そんなトークを軸に、クールなモノやコトをみんなで楽しむ場「クールトーク。」第13弾となる今回は、90年代〜00年代にかけて日本のストリートにおいて、アートとスケートボードの両方向からなる新たなアプローチを展開してシーンを牽引した存在として知られる、スケーター/アーティストのDISKAHことDAIKONさんが登場。ポップなノスタルジーとシュールな毒っ気が絶妙に混ざり合った独自のスタイルが生まれた背景など、気になるトピックを縦軸・横軸入り混じりつつ紐解く。

—まずはDISKAHさんのスタイルが誕生した経緯を掘っていきたいと思います。

父が画材と文房具を取り扱う会社に勤めていたこともあり、物心つく頃からそういったものが身近にある家でしたし、母は若い頃、絵描きを目指していたと聞いています。そういった環境もあってか、絵を描くのが好きな子供ではありましたね。当時の夢は絵描きか漫画家でしたし。



—漫画も描いていたんですか。

小学生時代は冒険モノ&ギャグマンガって感じで、実家で預かっていた犬を主人公にした『キーベル』とか、当時流行っていたチョロQやスーパーカーにマッドマックス的要素を混ぜた『ライオン号』なんて作品を描いていました。

—小学生にして、すでにオリジナリティ強め! 漫画から受けた影響はかなりありそうですね。

そうですね。手塚治虫さん、藤子不二雄さん、赤塚不二夫さんももちろん大好きでしたけど、作家としては日野日出志さんや楳図かずおさん、つのだじろうさんなど、特に劇画系の恐怖漫画が好きで、ストーリーよりも絵自体に魅せられていたように感じます。小学生ながら彼らの画風に対して“自分でもコレなら!”と思っていたというか。とにかく絵が巧い人よりも、その人ならではのスタイルを持っている人に魅力を感じていました。僕自身、大人になるにつれて“自分にしか描けないモノを描いているのかなぁ”と感じられるようになりましたし、友人から言われた「DAIKONくんは何を描いても、DAIKONくんの絵になる」という言葉は、今でもすごく励みになっています。


—他に影響を受けたモノってありますか。

1950年代~70年代の日本の漫画やアニメ、絵本に影響を受けている部分はあると思います。それと祖父や祖母が見せてくれた児童誌や母が描いていたイラストや、その時代の小説などの挿絵や新聞の4コマ漫画とか町看板とかすごい好きでした。なので特に最近のペインティング作品に関しては、そういう時代背景が入ってきているなと感じます。

—確かにどこか昭和の児童誌なんかの匂いがしますね。また、DISKAHさんの作品の特徴として、今回KODE読者プレゼントとして手掛けたスケートデッキのグラフィックのように、様々な手法やテイストを使い分けているという点が挙げられます。

今回はデジタルを使い、アウトラインをなくすことで切り絵っぽいタッチに仕上げました。個展に出す作品のテイストや手法に関しては“筆入れが多かったり手間のかかる手法で表現したい”って気持ちが強くなってきたからというのもあります。例えばシルクスクリーンでモンスターを表現する時も、シルエットは1版だけど毛並みは2~3本のラインをカットして吹き付けながら描くとか。そもそも僕は下絵通りに本画を描いたりするのがすごく苦手なタイプなので試行錯誤して、なるべく下絵に近づけながらも下絵以上になるように常に心掛けています。


—他にもコピーしてモンタージュしたりというのもありましたよね。今はそれらを並行して使っているんですか。

そうですね、基本的に何種類かのスタイルを制作物のテーマやコンセプトなどの内容に合わせて、その時々で使い分けているって感じですね。以前は“何か1つのこと極めなくっちゃいけないのかな”って思った時期もありましたけど、僕自身がペインティングもコラージュもやりたいしキャラも文字も描きたい! 写真もやりたい! って自由に何でも表現したいクチなので、それでイイのかなって。以前、アーティスト仲間から「苦手なスタイルに挑戦するよりも、自分が得意なスタイルを伸ばした方がイイ」って言われたことがあって、その考え方は僕にすごくマッチしたというか。さっきの言葉もですが、アートの勉強はしてないけど周りの仲間が僕にとっての先生と言えるかもしれませんね。

—周りから教わることも多いと。

ですね。例えば、僕は平面状にテクスチャー感を出す際には木工用ボンドを使っていたんですが、仲間から「同じような効果を出せる画材があるよ」って教えてもらったり。常に試行錯誤ですが僕の場合、分からないことは相手さえOKなら、直接訊ねちゃいますし。


—失礼ですが、スケーターって唯我独尊というかあまり人の意見を聞かないイメージでした。でもDISKAHさんはちょっと違うなって。

僕も昔はそうでしたよ(笑)。それがある時、妻に作品に対しての意見を求めた際に言われた「今までの人生で、人の意見を参考にしてきたことってないの?」って言葉が、スッと自分の中に入ってきて。そこからは周りの声をちゃんと聞くようになったし、本もすごく読むようになって。そもそもアートの勉強を経験していなという時点で、本気でアートに向き合ってきた人たちよりも出遅れているわけじゃないですか? その差を埋めて追い越すためには、人の作品をよく観察したり、色んな人の声を聞いて参考にすべきなのかなぁって思うようになってから、作品も変わってきました。

—そうして現在のスタイルに辿り着いたんですね。

今は表現に関しても、時事ネタを少し入れたりとか、自分のスタイルと自分が影響を受けてきたサブカルチャーを融合して表現することも意識しています。構図なんかもそう。ずっと変わらないままだと、その先に進めない気がして。


—進化するためには内的刺激と同様に外的刺激も必要ということですね。アートとスケートボード、DISKAHさんにとってその両方は同じ比重ですか。

実は、去年の6月くらいまでアートに対してスランプのような時期があって、まったく向き合えていなかったんですよね。そのくせにスケボーばっかりやってしまっていて(苦笑)。そんなある時、足を骨折してスケートボードが出来ない状況になったことで、やっと自分の中での優先順位が間違っていたと悟って。そこからはちゃんとリセットし、真剣に絵と向き合えるようになりました。


—アートもスケートボードも、その人の人間性やスタイルが如実に現れるものだと思います。その点ではいかがですか。

それでいうと、両方とも本気で向き合わなければいけないという意味では同じですが、そこから実際に生まれてくるスタイルに関しては、僕の場合、スケートボードとアートで結構違いがありますね。とはいえ、世界の最前線で戦っている現代美術家の方が、色んなジャンルをマルチにこなす姿には影響を受けているので、アートに対しては自分もそうでありたいと思っています。その上で今後は、コンテンポラリー・アートという方向性もしっかり見据えていきたいです。


DISKAH
東京都出身。またの名はDAIKON。中学1年生の終わり頃からサーフィンをはじめ、高1でスケートボードに出会い、地元の恵比寿や目黒のローカルスケーターの仲間たちと没頭。20代前半からプロスケーターとして活動し、90年代初頭に、仲間たちとTOKYO Z-BOYZを結成。脱退後、1994年には3S、アート、音楽を主体とした多目的レーベル「OWN」を結成(現在活動休止中)。スケート仲間たちのライディングや、ツアーで訪れた日本全国様々な土地の風景などを収めていた写真をキッカケに、写真家としてのキャリアもスタート。90年代後期にはストリートアートに没頭し、その傍らで様々な媒体やミュージシャンなどにアートワークを提供し始める。そして2002年から本格的にアート活動を開始し、独特なタッチのドローイングを手がけるアーティストとしても頭角を表す。現在は国内外の個展やグループ展等への出展のほか、ミュージシャンのCDジャケットから、グーグルやGU、ナイキといったインターナショナルカンパニーの広告など、多方面に活動の幅を広げている。

Instagram: @haksid
http://www.diskah.com

Text: Nobuaki “TOMMY” Tominaga
Photography: Masahiro Ibata

Location:
inherit gallery
東京都世田谷区下馬1-48-3 1F
http://inheritgallery.com


第一線で活躍するアーティストのDISKAHさん。彼の作品は、スケーターというアイデンティティなしには語ることができないだろう。KODEメンバー限定で、DISKAHさんのアートワークがプリントされたスケートボードをプレゼント。ミントグリーンをベースとしたカラーリングと秀逸なデザインで、ストリートでも目立つこと間違いなしだ。 さぁ、チェックしよう!

応募期間:2019年10月31日(木) 10:00 ~ 2019年12月9日(月) 9:59
詳細はKODEメンバーに登録/ログインしてチェック。


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