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クールトーク。第7弾 「HYSTERIC GLAMOUR」ブランドシンボルの秘密(前編)


デザイナー北村信彦が改めて語るブランドの歴史

60年代・70年代を代表するカルチャーやポルノグラフィーをデザインソースに、トップブランドとして揺るぎない地位を保ち続ける「HYSTERIC GLAMOUR」。グラマラスな女性が蠱惑的な表情を浮かべるデザインは、ブランドを象徴するアイコンとなっている。デザイナーを務める北村信彦さんに、ブランド創設の経緯から揺るぎないブランドシンボルまで話を聞いた。


—「HYSTERIC GLAMOUR」を立ち上げた経緯を教えてください。

専門学校を卒業してからすぐに、ブランドをスタートしました。1984年のことです。もともとファッションショーの演出をする会社でアルバイトをしていて、ショーの舞台監督みたいなことをやっていたんです。だからショーが始まる前の打ち合わせに参加したり、デザイナーさんのお手伝いをする機会には恵まれていて。


—学生時代からファッションの世界に足を踏み入れていたんですね。

そうですね。ショーだけじゃなくて、デザインのアルバイトも同時にしていたんです。その時に「新しいブランド始めるけど、お前やってみる?」みたいな話があって「はい、やります」と。そうしてスタートしたのが「HYSTERIC GLAMOUR」です。在学中にいろんなデザイナーの仕事を手伝っていたから、普通に考えたらありえないスピード感だけど、まぁいいかって。当時のファッションデザイナーのキャリアとしては異例ですよね。確実にスタンダードコースではない。


—そうして誕生した「HYSTERIC GLAMOUR」ですが、アイコニックな女性のデザインが印象的です。どのような理由で今のブランドが出来上がったのでしょうか。

中学生くらいからパティ・スミスとか、ロックしている女性に興味を持ち始めて。アンディ・ウォーホルのファクトリーにおけるイーディ・セジウィックだったり、ストーンズ周りのグルーピーとかが興味の対象だった。カルチャーとリンクする女性に魅力を感じていたんですね。もし自分が服を作るなら、同じような匂いがするファッションブランドかなって思ったんです。


—ブランドを立ち上げてから、大きな転機のようなものはありましたか。

80年代の後半くらいに、ずっとブランドのプレスをやってくれていたスタッフが退社してニューヨークに引っ越したんです。そしてすぐに、「ニューヨークでヒスをやりたい」って言ってくれて。それで彼女は3年間くらいの短い間なんだけど、イーストビレッジに「ヒステリックス」ってお店をオープンしていたんです。日本から持っていった服と、向こうで集めたビンテージのスニーカーや古着を混ぜて売っていた。そうしたらイギー・ポップとか、ソニック・ユースのキム・ゴードンとかが買いに来てくれたみたいで。いい具合に話題になっていったんですよね。あとは今もメインでイラストを描いている、ステファンとの出会いかな。



—ステファンさんとの出会いについても教えてください。

ニューヨークの「ヒステリックス」に通っていた男の子が、モデルの仕事で来日するって話を、彼女からなんとなく聞いていて。そうしたら東京に着いた日にいきなり会いに来た。そいつがステファンで。彼は実は絵も描いていて、「こういう絵を描いてるんだけど、ブランドを手伝えないか」って見せてきた。年も同じだし、ちょっと話した感じで好みも近かったから「じゃあ今日から働く?」って聞いてみた。そうしたら、モデルとして来日したはずなのに一回もオーディションに行かないで、ずっと一緒に絵を描いていた。一緒に神田に行ってビンテージの日本のカルチャー誌を買い漁ったり、二人で色々なネタを見つけてはデザインに落とし込んだんです。



—そこで過ごした時間が、今の「HYSTERIC GLAMOUR」まで繋がっているんですね。

でも二ヶ月くらい一緒に過ごした後に、ビザか何かの関係で、ニューヨークに帰っちゃった。そこから1年くらいは音信不通。今みたいにメールも一般的じゃない時代だし全く連絡もなかったんだけど、今度は逆に僕がニューヨークに行く用事ができて、じゃあステファンに会いたいなと。それで訪ねてみたら、ヒステリック用にと作品を書き溜めてくれていたんです。ちょっと感動して、こっちで事務所探すから一緒にやろうぜって声を掛けた。ニューヨークに事務所を見つけて、そこからかれこれ30年近くですよ。ずっと描き続けている。彼は全部手描きで、Macとかは一切いじらないから、手描きで描いた絵をアシスタントがスキャンして送ってくれている。



—離れて仕事をしていて、方向性がずれたりすることはないんですか?

あまりないです。さっき話したようなロックにおける女性ミュージシャンだったり、そういう好みが一緒だったから。きっとそういうことが大事だと思っていて。コアな部分を共有できているからこそ、「HYSTERIC GLAMOUR」のエッセンスを体現できているというのはあると思いますね。


前半では、ブランド立ち上げから、トップブランドに駆け上がっていくまでの貴重なお話を伺った。後半では、そのブランドシンボルとなっている女性のデザインの裏にある背景や、カルチャーとの繋がりを探っていく!


http://www.hystericglamour.jp
Instagram: @hystericglamour_official

Text: Shunpei Narita
Photo: Junko Yoda


ファッション界のレジェンド・北村信彦さんと彼の同志であるイラストレーターのステファンさん。「HYSTERIC GLAMOUR」のシンボルは、二人の好奇心と情熱から生まれた。今、KODEでも好奇心あふれる新発想なアイテムがもらえるキャンペーンを実施中。さぁ、チェックしよう!



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