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世田谷バレアリックタウン。バレアリック飲食店の魅力

まず、バレアリックって何?という話。

多くの人にとって聞き慣れないであろう”バレアリック”というワードは、ヨーロッパのクラブミュージック史をひも解けばその起源を知ることができる。もともとは、スペイン南部の地中海に浮かぶ島々を指すの呼称で、ダンスミュージックの聖地であるイビサ島も、そこに含まれるため、イビサ島発祥の音楽スタイルをバレアリック・ミュージックと呼ぶようになったのだ。ただ、現在はもっと幅広くライフスタイル的なことを表す言葉として使われていたりする。個人的なイメージでざっくりと言えば、シリアスだったりクールだったり、マッチョだったりする本道のカルチャーが太陽なら、バレアリックはそれと対をなす月。力の抜いて、ニュートラルな心持ちに導いてくれるもの、みたいなことだと思っている。太陽はエネルギーの源だけど、月が無いと地球は人の住めない荒れ地になるらしい。そんな感じだ。


バレアリック飲食店」がバレアリックを名乗るのは、まさにそんな磁場がある店だから、言い得て妙だなと感心してしまう。美味しい食事と良い音楽が媒介になって、そこにいる人々をゆるやかに穏やかに繋ぐ。近所の主婦が子供たちと和気あいあいと食事をしているそばで、カウンターではクラバーたちがパーティーの話や音楽談義に花を咲かせている。ふと店内を見渡すと、ごく自然にこういう風景があったりする。


世田谷線を望めるアーバンリゾート

店は、世田谷線の宮の坂駅からすぐ、線路沿いに飲食店が並ぶ通りの一角にある。小田急線の豪徳寺駅からも徒歩5分程度の場所だ。店長のカイさんは、以前にDJ活動をしていた故に東京のオルタナティブなディスコ、バレアリックシーンと密なキャリアを持っており、松陰神社前のカフェ「STUDY」の立上げを店長として務め、現在盛り上がりを見せている"松陰神社前ブーム"の発端を引き起こした人物でもある。新たな開業の地としてここを選んだ理由のひとつには、よりローカルに、よりエゴイスティックな姿勢でお店をやりたかったからだと言う。

小田急線で下北沢から成城方面に下った側、世田谷代田、梅ヶ丘、豪徳寺あたりに筆者は生まれ育ち、その雰囲気が骨の髄まで染みている身から言わせてもらうと、バレアリック飲食店がこの地で営業をはじめたのは、吸い寄せられたとしか思えないというか、必然を感じるところがある。スタートは2015年。熱帯の風が薫ってきそうなあか抜けた店舗デザインは、この周辺ではちょっと異色な出で立ちではある。しかし、悪目立ちしているということもなく、世田谷線が行き交うのんびりとした風景に妙にハマっている。

中南米風の魚介マリネ「マグロとアボカドのセビーチェ」(700円)/ タコミート&メキシカンサルサを乗せた「タコス」(400円)/ 味わい華やかなアメリカンクラフトビール「ブルームーン樽生(ハーフパイント)」(650円)

メキシカンからハワイアン、エスニック、和食など多国籍なメニュー


オープンで穏やかな雰囲気と同時に、安易な「南国風」の店にだけはしないという気概が、洗練された内装からは伝わってくる。フードはカフェメシからさらに一歩踏み込んだメニューになっていて、見た目も楽しく、かつメニューを全制覇したくなる美味さ。そして、控えめな音量でも耳を傾けずにはいられないBGM。週末はDJがブースに立ち、生で選曲をするが、音楽が店内を支配することはなく、でもやはり、その音楽によって店の空気が循環しているのがわかる。居心地が良いだけではない、この絶妙なバランスのコントロールが、店の最大のこだわりなのだろう。

バレアリック飲食店には穏やかさの後ろに見え隠れする濃ゆ〜いなにかが常にある。その感じが、開けっ放し(夏だけ)のドアから流れ出て住宅街と溶け合っているものだから、世田谷ってこんなバイブスを持っている地域だったのかと、店を通して世田谷のイメージを見直すに至ったり。バレアリックな飲食店が立つ土地柄として、これ以上無い場所だと思えてくるのだ。

音楽シーンと繫がりの深い店は様々あるけれど、ここはカルチャーの交差点というよりは、だれもがニュートラルに心地よい時間を過ごせる空間で、音楽はその触媒になる。夏が似合うお店だと思われているけれど、個人的には、冬の身も心も冷えた時に、暖かい「Balearic」のネオン管が心に浮かぶに違いないと踏んでいる……。


TEXT:宝田富士夫
PHOTO:寺沢美遊

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