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加藤匡毅が人、食空間の境界をやわらげた先にあるもの

食空間の設計を通じて見出したライフスタイル、デザイナーとしての姿勢

2019年に出版された著書『カフェの空間学』が話題となった空間デザイナー加藤匡毅。国内外約40のデザイン事例を紹介したこの本は、人と空間の関係性について読み解くヒントが詰まった一冊だ。自身も多くの食空間を手がけてきた加藤が設計を通じて培った食に対する意識。その先に生まれたのは、一人間として生きる上での確固たる姿勢だった。


―今回は渋谷・神山町の事務所で取材させていただきました。

坂の中腹にあるこの場所は、上の住宅街と坂下の商店街の間をつなぐように位置しています。中と外の境界をなくす「際(きわ)の設計」をしているので、こうやって窓を全開にして外から座ることもできる。「際の設計」というのは僕が空間づくりにおいてよく意識することです。事務所の上は家族3人で暮らす自宅で、忙しい時は昼食を作って食べるために戻ることもあります。

―加藤さんは独立以前に隈研吾建築設計事務所、その後家具を取り扱うブランドIDÉE (イデー)に在籍されています。当時は食への興味は?

隈研吾事務所時代は仕事についていくことで精一杯。食に対するこだわり、欲求は恥ずかしいくらいなかった(笑)。その後勤めたイデーが当時展開していた旗艦店の中のカフェを利用する人々の佇まい、スタッフが心地よさそうに働いている風景はとても印象的でした。今思えば、それが食を完全放置していた当時の僕にとって「食のある心地よい空間」の原体験かもしれません。


―その原体験は、現在食空間を設計する上でどのように影響していますか。

食が作られる過程を目の当たりにしながら、作る人にも意識が向く空間づくりを心がけるようになりました。従来は食の最終形しか見えないことで、作る・食べる人の立場も分断される傾向にありましたが、僕が目指す食空間では、お客さんはテーブルに料理が並ぶ前の過程を体験として知り、スッと自分ごととして捉えることができる。一方で食を作る人は、仕事をお客さんに見られながら自分がその空間に不可欠であることをより実感する。異なる立場同士の境界がやわらぎ、コミュニケーションが生まれることで初めて空間が完成することを意識しています。


―先ほど話に出た「際の設計」しかり、境界に対するアプローチは加藤さんの空間デザインの特徴といえます。『カフェの空間学』では海外事例も多く紹介されていますが、食空間における境界の意識は国ごとにどう違うのでしょうか?

欧米圏は屋内外で基本土足。対して日本では古来、土間で料理支度をして一段上がった場所へお膳を運ぶのが日常でした。古くからある領域間の境界への意識、衛生観念のあり方は食空間やそれを取り巻くルールにも影響していると思います。

―なるほど、そこまで作用しているとは思いませんでした。

日本は境界に対する意識が強い文化を持ってるといえます。「借景」という考え方も「素敵な景色のある向こう側には行けない」ということの裏返し。異なる領域への箍(たが)の意識が根底にあるところへ、クリエイティブに挑戦したいです。屋内外で床の素材を統一するといったことでも変化は起きる。究極は厨房の中でお客さんが飲食する空間体験を作りたいですね。対して、高級レストランなどクローズドな食空間には茶室の考え方が活きてくると思います。そういったアプローチも将来的にしてみたいです。


―飲食店以外の仕事に、食空間に対する考え方が活きたことはありますか。

個人住宅を設計する場合も食空間を中心に据えてスタートします。最初は「料理が苦手」と話す施主も、実は人を招いて食を一緒に楽しみたい思いを持っていることも。だから心地よく食を作る・食べることができるよう課題解決を含めた提案をしていきます。キッチンやダイニングスペースは複数の人と共有でき、食事や会話が生まれるクリエイティブな場所。その景色を作ることに、カフェやレストランを手がけた経験は確実に活きていますね。


―食をおざなりにしていた頃と比べ、加藤さんご自身の食に対する意識はどのように変化しましたか?

旬の食材が以前より格段に分かるようになり、水を飲む行為一つでも丁寧に意識するようになりました。食を作る人の顔がなるべく見えるものを食べたいと思うようになり、何より友人や家族と楽しい会話をする時、そこに食があるという状況がすごく増えたと感じます。食に対する選択が遠くの産地に繋がっているという意識が芽生えたことで、仕事での素材選びにも変化がありました。かっこよさや性能を理由にして選ぶ前に「これはどこから来て誰がどのように作ったのか?」を考えるだけでも違うと思います。


―一緒に働くスタッフに対して食に関するアドバイスをすることはありますか?

昔の自分を思い返すとそう声を大きくできないと思うものの、時々自宅に戻り昼食を食べている自分の姿を通してそれとなく伝えられている気がします。来年住まいを軽井沢に引っ越す予定です。それはデザイナー以前に加藤匡毅という一人間が食を含めたもう一つのライフスタイルも大事にしたいと思ったから。そこに共感し生き方について考える人が少しでも増えるきっかけを作るのが、これからのデザイナーとして持つべき姿勢だと思います。信じることとともに空間を作っていけば、どんな時代も乗り越えられるはずです。


加藤匡毅

一級建築士。工学院大学建築学科卒業。隈研吾建築都市設計事務所、IDEEなどを経て、2012年にPuddle設立。各土地で育まれた素材を用い、人の手によってつくられた美しく変化していく空間設計を通じ、そこで過ごす人の居心地良さを探求し続ける。主な作品に「IWAI OMOTESANDO」、「DANDELION CHOCOLATE」など。

http://puddle.co.jp/
Instagram: @puddle_masakikato

Text: Ayae Takise
Photo: Junko Yoda[Jp Co.,Ltd.]
Edit: Shunpei Narita

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