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酒坊主・前田朋の絶妙なセンス宿る燗酒、食、人生。

固定観念にとらわれない、自然体で自由なスタイルのわけ

近年ますます賑わいを見せる富ヶ谷エリア。賑わいの裏には、確かな名店の存在がある。2013年の秋にオープンした「Sakeria 酒坊主」は、素材の味を活かしながら味覚をさらに刺激するスパイス使いが光る料理と、自由で奥深い燗酒(かんざけ)で男女問わず多くのファンに人気の日本酒バーだ。オープン以前から「酒坊主」を自称していたという通り、同店には店主の前田朋さんのセンスとこだわりがそこかしこに宿っている。料理人としての経歴、燗酒というスタイルを始めたきっかけなど、ゆっくりとお話を聞いた。


―カレーや仔羊のハンバーグ、あるいは旬の魚介を使った一品料理と、フリースタイルに作られている印象があるのですが、前田さんの料理のベースは何なのでしょうか。

一つのベースと言えるのがないんです。食べるのが好きで、料理の専門学校に進んで。和食じゃないな、洋食でもないなと思って、中華を専攻したんですよ。でも、そのまま中華料理店に行くのもちょっと違うなとも感じていて。地元の居酒屋で働いてたんですけど、美味しいし面白いから働くならこういうところがいいかなと。卒業後、その系列の新店舗の立ち上げを手伝ったりして。その後に、本当に自分は料理したいのかなって思い直して、引越屋で2ヶ月くらい働きました。


―また全然違うことを。一度、距離を置いて考えたかったと。

でもやっぱり料理やりたくて戻ってきたんですけど、都内で働こうと思っていた矢先に専門学校の友達から「仕事探してる?」って電話がきて。「探してるよ」って言ったら、「カナダなんだけど」って言うんです。


―カナダ?

いきなり海外だと思わないじゃないですか。だから神田かなと思って、「結構近いね」とか言ってたんですけど、改めて聞くと「パスポート必要な方?」って。それで半年くらい行きました。違うリズムで働けて、いろいろ考えたりする時間になったので、僕にとってはすごく良かったですね。(お店を東京ではなく)田舎でやるのもアリかなとも思ったんですけど、「今は魚をちゃんとおろす料理とかをやってみたい」と思って、町田にある美味しいと思っていた居酒屋で働きました。そこがベースといえばベースになっているかもしれないです。

―独立前は、吉祥寺の「にほん酒や」でも働かれましたよね。

はい、色々なんでもやらせてくれました。カレーもそこでやらせてもらって。自分で調べて作って、こんな感じかなというところからどんどん緩めていったら不思議な感じになりました。自分はカレー全然食べないんです。他のところ勉強にいくと、やっぱり引っ張られちゃうんで。スパイスもそのとき色々あったので試したりというのが始まりですね。

―そこからスパイスが入ってくるわけですね。今日は「ホタルイカとトレビス、金柑」を作っていただきました。とてもシンプルですけど、苦味と酸味とが相まってすごく美味しいです。

酸味が大好きなんです。苦味だけだと珍味感が出ちゃうんですけど、果物を使うと一気に身近になるというか軽くなる。お酒とも相性いいですし、好きなので結構使います。


―このバランスがまたお酒を誘います。燗酒を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

あるとき、風邪気味で、体調悪かったんですけどどうしてもお酒を飲みたくて。日本酒を温めて飲むと優しくなるって聞いたなと思い出して、あったお酒をレンジで温めて飲んだんです。そうしたらすごく優しくて、これいいなと思って以来、とりあえず片っ端から温めて飲むようになりました。温めることで味の幅も出ますし。日本酒は熟成とかもあるし、温度帯も変えれば絶対もっと楽しめると思いました。

厨房で調理を一手にこなしながら、カウンター越しに気さくに話しかけてくれる

―それこそ中華やお魚だったり和風なものからスパイス料理まで、幅広く対応できる飲み方でもあるんですね。注文もメニューから銘柄を選ぶのではなく、お客さんの好みを聞いて前田さんがセレクトするスタイルですよね。

そうですね。想像して、提案して。「この料理だったらちょっとあったかいのいいと思いますよ」とか。新しいものをトライしたりするのって信頼関係の中から出てくると思うんで、それができたらいいなと思います。


―それがすごく懐に入れる感じがして居心地もよくなるんですね。きっと前田さんの好きなものしかない空間だからリアリティがあって信頼できる雰囲気になるのではと。

そうですね。せっかく自分でやるんだったら、その方がいいなって。「何かひっかかるもの」が自分は好きなんです。カレーを食べないという話をしましたが、あまり食べ慣れていない組み合わせで、「おいしいし、何かひっかかるんだけど何だろう」みたいのが好きで。ハンバーグも食べないから作ったことなかったので、つなぎとかも「入れたくないな」と。肉々しい方が美味しいしお客さんも嬉しいだろうなと思って。

お店はビルの2階、元事務所という物件で外から中の様子はうかがえない。ドアには「No Perfume. Thank you!(香水はなしで!)」という文字


―料理の先入観がないというか。

なるべくそれを除きたいというか。完成したものに引っ張られていっちゃうので、「これはなくてもいいんじゃないか?」と逆に引っ張るのは結構あります。そっちの方が面白かったりするので。珍しい組み合わせかもしれないですが、僕の料理で意識しているのは「食べたらおいしい」ということ。説明がなくても、ストレートに「美味しいな」っていう方が気持ちイイかなって思うので。


―感覚に正直ですし、いろんなジャンルや土地を経てきた生き方も反映されている気がしますね。

食材でも何でも、頭の中で考えるよりも見たほうが浮かぶんです。実際に見るようにして、思いついたらすぐにメモしておく。何かのときに(アイデアとして)くっついて、みたいなことが多いですね。お客さんから「おいしいです」と言われると「ありがとうございます」っていう感じがなくて。「よかったです」って言うんです。「この感じ楽しんでもらえるんだ」って。

—新しいことをやってみるきっかけが身の回りに溢れている感じですね。ポップアップをやったり燗酒とDJのイベントをやったりもするんですよね

京都の「ごとし」さんが主催されている「KANBAN(=燗番) GROOVE」に毎年呼んでいただいています。お燗酒と音楽ってなかなか難しいんですが、前回が5回目くらいでグルーヴ感も完成度もすごくイイ感じになってました。普段混ざらないようなものが混ざる感じが面白くて。他人と何かやると自分では考え付かないことを振られたりして、こうすれば形になりそうだなと考えるのが面白いです。働き方や環境もやり方次第で幅ができて、自由度が増していくといいかなと思います。それぞれのやり方でやるから続けられて、共存っていうか、いろんな人が楽しめるっていうのがいいなと思います。


前田朋

東京都町田市出身。自身が美味しいあるいは面白いと思えるお店で経験を積み、2013年に「Sakeria 酒坊主」をオープン。レシピ本にフィーチャーされる羊肉料理や、酸味・甘味・苦味を刺激するフリースタイルな味は唯一無二な酒場料理。最適な温度に温めて提供する燗酒で日本酒の楽しみ方を広げる。変則的な営業を余儀なくされているが、これからの形を見据えて精力的に活動している。

www.facebook.com/SakeriaSakebozu

Text: Yoshiki Tatezaki
Photo: Yu Inohara

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