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サイプレス上野を熱狂させる「野球」「プロレス」

フリースタイル・バトルのブームは留まるところを知らない。一方、即興のラップで言い合う様子を指して、「あんなものはアートじゃない、スポーツだ」と揶揄する者がいることもまた確かだ。しかし、フリースタイル・バトルがスポーツだとして何が悪いのだろうか。例えば、ブームの火付け役となったTV番組『フリースタイル・ダンジョン』(テレビ朝日)の初代レギュラーであり、数々のフリースタイル・バトル大会で活躍してきたラッパー、サイプレス上野は、ヒップホップ・カルチャーと同じようにスポーツにも多くのことを学んできたという。

その日、すっかり人気者になったサイプレス上野は、深夜まで続くハードなスケジュールの合間、バッティング・センターで汗を流した後で2017年を振り返り、「特別な年だった」と感慨にひたった。理由は、ファースト・アルバムを出して以来、実に10年目にしてメジャー・デビューを掴んだからだけではない。彼の地元=横浜に拠点を置く球団・横浜ベイスターズが19年振りに日本シリーズ出場を果たしたのだ。1998年、前回の出場時には既にラップを始めていた上野だが、並行して横浜高等学校の応援指導部(応援団)に所属。そして、同年、同高校の野球部は春・夏の甲子園を連覇した。それは、サイプレス上野の原点である。



ー応援団からラッパーへ

「あの年のことはよく覚えてます」。サイプレス上野は汗として排出した水分を生ビールで補給しながら言う。「夏に甲子園で横校が連覇して、秋にベイスターズが優勝して。〝横浜の年だ!〟みたいに街が大フィーバーだでしたから」。横浜市戸塚区のニュータウン、ドリームハイツで育った上野は、今も同団地に事務所を構えながら、相方のロベルト吉野を始めとした幼馴染みたちと共に、ブームに翻弄されず地(元)に足の付いた活動を続けている。また、そのような地元愛はヒップホップ・カルチャーとスポーツに共通した要素である。「横浜の人間は特に地元愛が強いですね。それは、やっぱり隣に東京っていう日本の中心があるからだと思うんですけど。巨人(読売ジャイアンツ)とか超敵視してるし。でも、そういう環境は、地元のことを歌うのが基本のヒップホップをやっている人間としてはしっくりきます。今でも横浜高校の試合は応援に行きますよ。スタンドには愛甲(猛/〝球界の野良犬〟と呼ばれた強烈なキャラクターを持つ元プロ野球選手)さんを始め、横校のレジェンド達がずらっといるんで、そこでは、完全にいち後輩になってしまいますけど(笑)」。



ーライヴにショーマンシップを

また、彼にとってもうひとつの身近なスポーツがプロレスで、マニアックなファンだった兄の影響もあり、幼い頃から親しんできた。ただし、草野球から始まって、中学時代には野球部に入部、高校時代は応援団を務めた野球と違い、プロレスはあくまでも観る側ではあったが、ラッパーとしてレスラーから学んだことも多いという。「影響を受けたのは、何よりも〝見せ方〟。オレがライヴで派手な衣装を着ているのは、レスラーがガウンを羽織って暴れながら出てきて、リングで大袈裟に脱ぐみたいな入場の仕方を観てきたからこそ」。そういえば、上野は『フリースタイル・ダンジョン』の第1回目で幟を掲げ登場した。「バトルの大会でもみんな淡々と出てくるので、〝もったいないなぁ〟って思っちゃうんですよ。どちらかというと、総合格闘技みたいなイメージを持ってるラッパーが多いのかもしれないけど、おれは〝もうちょっとショーマン(シップ)があってもいいんじゃね?〟〝その方がお客さん楽しいし〟って思うタイプなんで」。



ースポーツ魂をリリックに昇華

あるいは、相方のロベルト吉野もステージに悪役レスラーばりのマスクを着けて登場、ビールを毒霧のように噴射するパフォーマンスが定番となっている。そして、彼らはプロレス好きが高じてというか、認められてというか、2017年1月に行われた新日本プロレス・東京ドーム大会のオフィシャル・テーマソングを手掛けた。しかし、上野は制作にあたって、プロレスを好きだからこそ悩んだと語る。「オールド・ファンはプロレスで使う曲といえばメタルなんですよ。〝ラップなんて認めない〟って感じで。まだそんなこと言ってんのかと思う反面、ファンとしては気持ちが分かるところもある。だから、嘗められたくないけど媚も売りたくないし、どうつくろうか悶々としていたある日、飲み屋で、親に連れてこられた高校生の兄弟が凄く楽しそうにプロレスについて話しているのを聞いて。その時、〝ここに未来がある! 彼らみたいな子どもたちが奮い立つような曲をつくればいいんだ〟とハッとしたんです」。


そうして完成したのがサイプレス上野とロベルト吉野「GET READY」だ。「ドームに行ったら、子どもたちが〝サ上だ!〟と言って、その場で〝GET READY〟を歌ってくれて。ちょっと震えたっすね」。一方、2017年、ベイスターズが掲げた「THIS IS MY ERA.」「OUR TIME IS N.O.W.」というスローガンに合わせた楽曲を公式に手掛けたのが、やはり、横浜を拠点に活動するラップ・グループで、上野とも共演しているオジロザウルスだ。

「(中心的存在であるラッパーの)マッチョくんとは、一緒に球場に行ったりしてたんですよ。そりゃあ、オレも手掛けたかったけど、横浜愛、ベイスターズ愛がある彼だったら安心ですね。(「THIS IS MY ERA.」の)〝横浜舐めたらタダじゃ済まさない〟っていうフレーズは浸透して、球場でみんなが合唱してましたし」。実際、今、横浜では野球とラップの距離が近くなっているのだという。「筒香(嘉智)っていうベイスターズの3番4番を打ってる選手は、入場曲にAK(-69/愛知県出身のラッパー)くんを使ってます。球場でかかった時、〝ツツゴー! そこはオレの曲だろー!〟って冗談で野次っちゃいましたけど(笑)」。ラップもスポーツも本質的には大衆文化である。日本のヒップホップ・カルチャーが大きくなるにつれ、両者は必然的に溶け合っていくに違いない。その動きにおいても、サイプレス上野は重要な役割を果たすことになるだろう。


TEXT: 磯部涼
PHOTO: 寺沢美遊

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