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表現者PANORAMA FAMILYが、PANORAMA FAMILYたる「根源」(前編)


奏でる音ひとつひとつを下支えしているもの

ラッパー、トラックメイカー、フォトグラファーと様々な顔を持つPANORAMA FAMILY。ジャンルを超え第一線で活躍する裏には、彼自身が通ってきたカルチャーの下支えがあるに違いない。インタビューから探る、確固たるスタイルを持つ彼のルーツとこれから。


—音楽活動から写真家まで様々な活動をされていますが、音楽に触れたきっかけを教えていただけますか。

小学校の時の先生がビートルズ好きで、『オブラディ・オブラダ』を自分独自の翻訳をつけてみんなで合唱させるみたいな人で。その先生にギターを教えてもらったのをきっかけに楽器を触り始めました。うちは両親が2人とも学校の先生で、「音楽なんてくだらない」みたいなタイプだったので音楽はコソコソと聴いていて、見つからないようにベッドの下に隠すような感じでしたね。


—そこからどのような経緯があって、ミュージシャンを志したのでしょうか。

中学校ぐらいからずっと音楽が好きで、楽器もやっていましたけど、今やっているようなラップとかは全然やってなかったです。専らギターで、パンクが好きでした。そして、高校生のときにみんなでバンドを組んだんですけど、Hi-STANDARDの真似みたいになっちゃって。それって考え方として全然パンクじゃないし、「まずいぞ、他にも色々聴かなきゃ」と感じて、図書館から分厚い音楽の本を借りて読み込んだんですよね。


—どんな内容の本だったのでしょうか。

1ページ目がベートーヴェンで、いろんなジャンルの音楽が細かく書かれている本でした。そこに載っている知らない音楽を、ひとつひとつ聞いていったんです。「パンク」のところだったら、セックス・ピストルズにクラッシュ、ザ・ジャムみたいな王道どころはもちろん押さえながら自分たちでもやっているうちに、「ヒップホップ」のところでギャング・スターを知ったんです。『ステップ・イン・ジ・アリーナ』というアルバムを聴いたら、すごくいいなと。そこからヒップホップに一気にのめり込んだんです。そうしたら大学も浪人しちゃった(笑)。


—浪人時代は専らヒップホップ一筋だったのですか。

地元が宮城県の女川というところなんですけど、田舎だったので浪人中は仙台で下宿していたんです。その近所にレコード屋があって、最初は安いヒップホップのレコードを買って聴いていたんですけど、「ヒップホップが好きなら、こういうのも聴いた方がいいよ」って店主に言われて、ジャズとかファンクとかも聴きだしたら、今度はそっちにはまっていった。ちょうどヒップホップの流れも変わるタイミングで、悪そうな感じというか。僕あんまり悪くないから、かっこいいけど自分にはできないなと思ったりしたんです。


—ヒップホップから一度離れていくタイミングだったんですね。

大学に入ってからはジャズ研究会に入って、ブラックミュージックを聴いたり。本当にジャンルでいえば色々ですね。同時にバンドのサポートとかもやるようになって、ボサノヴァのバックバンドをやるバイトとかをしてたんです。とても洒落た場所で、セントジェームスのボーダーカットソーを着てる人たちが斜めに構えてる、みたいな空気感。当時は僕も若かったから、何だかそういうのは受け付けなくて、やっぱり好きなものをやった方がいいかなと思って、ヒップホップに戻ってきたんですね。


—最初はパンクから始まって、そこからいろんなジャンルを聴いてきて。本当に多種多様な音楽がルーツになっているのかなと。

そうですよね。でも本を読んだりしてるので、めっちゃ真面目ですよね。あんまりアーティスティックじゃない。


—現在は1人で活動されていますが、当初は3MCだったPANORAMA FAMILYを結成されたのはその後ですか。

当時付き合っていた彼女がブラックミュージック好きで、その子ともう1人のラッパーと3人で始めたんです。みんなで音を作るのは楽しいなという感じでやっていたんですけど、だんだんとモチベーションの差みたいなものがでちゃって。僕は最初からがっつり音楽をやりたいと思ってたんですけど、活動が広がっていく中で他の二人は平日の夜とかに集まるのが辛かったようで。それが彼女と別れたタイミングで、メンバーの結婚が重なったので2人共抜けて突然1人になっちゃったんですよね。1人になるなんて全然予期してなかったんですけど、大きいライブが決まっていたので1人でやってみようと進めた感じです。


—実際3人から1人になって活動をしていて、心境の変化はありましたか。

3人のときは割とカラフルでポップな、明るいことを言っていたのが、何かそういう気持ちにはなれなくなっちゃいましたね(笑)。ちょっと暗くなったところもあるかもしれないです。


—音楽活動と同時に「スケートボード」というのも、PANORAMA FAMILYさんの人生において重要なものの一つなのでしょうか。

昔は毎日滑っていたときもありましたけど、今は趣味的な感じですよね。別にすごいうまいわけでもないし、自分にとっては癒しの時間かな。みんなが漫画読んだり本読んだりするのと一緒で、ただ好きでずっとやっているという感じです。でも、人生において最重要なものの一つなのは間違いないですね。


—スケートボードをきっかけにできた仲間も多いみたいですね。

当時はスケボーって奇異な目で見られたという、怒られずに滑れて、路面があまりデコボコしていない場所となると、大体みんな同じようなところに集まってくるんです。それで夜とかに滑っていたら、しょっちゅう顔を合わせるから「こんにちは」みたいな感じで自然と繋がっていく。そういうときに出会った人たちはいまだに遊んでいますよ。


—音楽もスケートも、人と人とを繋げるアイテムのような感じがします。今座っていただいているスケボースツールの使用感はいかがですか。

思ったよりもしっかりしていて座りやすかったです。上に物を置いてテーブルとして使ってもカッコ良さそうですね。


PANORAMA FAMILY
宮城県女川町出身、東京都在住のHIPHOP/RAPアーティスト。渋谷organ barでのレギュラーライブを中心に、楽曲提供・客演・CM音楽などで活躍。「ロック・イン・ジャパン・フェスティバル」や「COUNTDOWN JAPAN」など大型フェス出演経験も多数。2014年から写真家としても活動し、2016年3月に刊行した写真集『fastplant』は発売後即SOLDとなる。2017年の12月には、中野区のローカルスケートスポットで出会った仲間たちを追った個展『PARANOIA SLAPPYS』を開催。

Instagram: @gomezpanorama

Interview: Ririko Sasabuchi
Text: Shunpei Narita
Photo: Masakazu Kouga


応募期間:2019年8月15日(木) 11:00 ~ 2019年9月24日(火) 9:59

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