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鶴岡龍(LUVRAW)の“レイドバック”なライフスタイル

レイドバック(laid-back)。直訳すると「後ろへ寄りかかる」。きっちりと拍に合わせるのではなく、小節をゆったり使った後乗りのグルーヴを指す音楽用語。そこから転じて「くつろぐ・リラックスする」という意味を持つ。



横浜・山手を巡る妄想散歩

鶴岡の案内で元町・中華街駅から急な階段を上っていくと、横浜港を一望する「港の見える丘公園」に出る。公園を抜けると、外国人墓地や横浜市イギリス館、教会やインターナショルスクールなど、異国情緒溢れるクラシカルでレトロな建物と高級住宅が立ち並ぶ山手エリアにつながる。

「横浜の外れの郊外で生まれ育ったので、このあたりは今でも憧れみたいな気持ちが強いんです。山手は外国人居留地で、建物や街並みからして周りと全然違うし、横浜中区の中でも特別のんびりした空気。その中を歩いてるとゆるやかに気分が高揚してきて、それこそレイドバックな感じはありますね。素敵な店を見つけたら外から中の様子を想像したり。店に入って実際の様子を知ってしまえば、それ以上想像の余地がないじゃないですか。だから、そうやって妄想するくらいがちょうどよくて」

鶴岡がこの横浜の中心部・中区に惹かれる理由は山手エリアだけではないという。元町、中華街、ベイエリア、山手、下町と様々な個性が隣接する混沌さも、彼の想像力を刺激する。

「山手から少し下れば長屋やアパートが並ぶ庶民的エリアで、そこには生々しい生活感があって。その先はハイソな商店街の元町があって中華街の猥雑さとか、港の方には山下公園や大さん橋とかの観光地もある。1本通りを曲がった瞬間に街も人も一変するコントラストの高さが横浜っぽい。中区って埋立地が多くて後から作られた街なんですよ。戦争にまつわることや、その前にもいろんな歴史があったり、その上に今の景色があるから。横浜は、そういう見えないものまで想像しちゃいます。それに妄想とか想像の力は、自分の音楽でも大切な要素」


沖縄がきっかけでレイドバック研究へ

レイドバックな音楽を演奏する鶴岡が、ライフスタイルまで含めた「レイドバック」を意識したのは、6,7年前の沖縄滞在がきっかけだったという。

「片道のチケットだけ買って沖縄へ行くんですよ。現地でパーティしたりCD買ってもらったりしてその売り上げで帰って来るみたいな。DJ光さんとか先輩もいて頼れる環境もあるお陰で。“レイドバック修行”って呼んでいたんですけど、今思えば『修行』って言葉がレイドバック感ないですよね(笑)。ゲストハウスに寝泊まりしながら数週間滞在していました。メシ代とか必要な分だけ日銭を稼いで暮らすみたいな、金は無いけどゆるいノリが楽でしたね。あの感じは感覚的にレイドバックだなと。おそらくその後からレイドバック研究家って使い出したのかな。レイドバックする事が仕事になったらいいなと(笑)」

最初にレイドバックという言葉から鶴岡が想像したのは、沖縄の日々のように「のんびりしている、無理しない」生活だったが、それだけでは足りないと気づくことになる。


「前に、究極のレイドバックってなんだろう?って考えて思い浮かんだのは、例えば、この世のものとは思えない最高なビーチで完璧に全てが整っている。そこで友達たちとのんびり楽しんで、いつまで居ても心配することが何もない状態みたいなイメージで。それって最高じゃないですか。でも、そこから普段の現実に戻らなきゃいけないと。その現実に対してネガティブな思いがあったとして、その思いに捉われていると、どこで何をしてようが全然レイドバックできじゃないじゃんって思ったんですよ。逆にレイドバックしてればどこで何をしてても心地よく自分で居られる。だから究極のレイドバックっていうのは行動や物理的なものじゃなくて、心理的、精神的な状態だろうと考えるようになりました」


思い込みと嫌な事は徹底して手放す

しがらみを抱えたままのレイドバック体験は、ただ無理しているだけだと気づいた鶴岡は、心理的なレイドバック状態を実現するためにある実験を始めたという。

「今その瞬間にちょっとでも嫌だなと思ったことは絶対にやらないと決めました。例えば洗い物をするにしても、『ちょっと待って、今本当に洗い物したいの? やらなきゃと思っているだけじゃない?』と自分に問いかけてみる。そうすると『本当はコーヒーが飲みたい』って出てくる。それなら洗い物はやめてコーヒーを飲むみたいな。こういう小さな問いかけをめちゃくちゃ細かくやるんです。ただ、嫌だと思っている事すらも思い込みの一つかもしれないとも感じてはいて」

「これを徹底していくと心理的な自由につながっていくと思う」と話す鶴岡。それは、「部屋はきれいに保つ」「仕事は真面目にやるべき」といった無意識の美徳やルールを1つずつ解体していく作業だという。さらには、日常生活だけでなく、音楽制作にも同じ態度で向き合っている。


「自分は音楽の教養や技術が高いわけじゃないから、そういう人が音楽をやるなら、普段の生活で感じる気持ちや滲み出る何かをどうにか音にするしか意味がない。最初はその気持ちがとても強かったんです。そう考えると、たとえお金もなくて社会的にクズでも、やりたくない仕事をするのは俺の場合違ったんですよね。基本が何もしたくない怠け者というのも大いにあるんですけど(笑)。でも、毎朝同じ時間に起きて行きたくないのに仕事に出かけて、オフにメロウな音楽を作っても、自分にはコスプレ的な感じっていうか、不自然でうまくやれない。でもそれは俺の場合の話で、人それぞれのやり方や考え方があってほしいし、それぞれ違いがないと意味がない。極端な言い方をすれば、違いがなければ何も愛せないし生きられないと思う。正解も間違いも無く、無数の可能性の中から選び試しながら作るしかなくて、その過程こそが楽しみというか」

その瞬間ごとに自分の本心へ問いかける。“こうあるべき”を基準に動こうとする自分を手放していった結果、家賃すら払えない事態に直面したこともあったという。

「いい歳して本当にみっともないし、どうしようもないと思ったけど、『もうそれすら知らねえわ』と思ってバイトも何もしなかった(笑)。諦めと、自分がどうなっちゃうのかある種の楽しみが混在した気持ちで。結局持ち金が500円っていう状態になったんですけど、そんな状況すら面白くなってきて。さてどうするかと。で、ダメもとで銀行口座の残高を見てみたら、突然残金が5万円に増えてたんですよ。いきなり財産が100倍になった(笑)。だいぶ先の仕事のギャラが何の連絡もなく入っていたんですけど、『次はこの5万円をさらに10倍にしよう』と曲を作り始めたら、デモが20曲くらいできました」


“生活のために働く”という考え方さえ手放した鶴岡は、「自分も含めみんな無意識のレベルで縛られていると感じる」と語る。

「今って、昔に比べると便利で自由になった時代だと思いがちだけど、実は全然変わってないと思う。モノや技術が発達してもその分、現代には現代の社会的な規範とかルールがあってみんなガチガチに見えるし、辛くて参っちゃってるという事に自分で気付く事すらできない人も多いと思います。今の自分がそういう面に目がいっているだけかもしれないけど。でも、やりたくないことはやらなくていいし、自分も絶対やりたくない。みんなが自由に感覚的に行動できれば、もっと楽にいられると思うし、それがレイドバックな状態だとも思うんです」

そんな鶴岡が今目指す究極のレイドバックのあり方とは、「考えないこと」だという。

「曲作りでもライブでも何でも、めちゃくちゃ頑張ったり考えればうまくいくのは当たり前で。むしろ日頃妄想したり考え抜いた結果、思考じゃなくて感覚で動いてうまくいった時の方がアガるしそれが自分の好み。それが欲しい。だから、“より考えない状態でいるにはどうすればいいか?”、“直感と思考との上手な付き合い方とは?”っていうのが今のテーマ。『考えるな感じろ』という言葉があるけど、考え抜いた先で感覚的に感じられる境地があるとすれば、究極のレイドバックは考えることすら手放すことかもしれないですね」


鶴岡流(LUVRAW)の“アガる酒”の選びかた & 色気を支えるシャツとポマード
https://kode.co.jp/Articles/style-luvraw_wine_and_shirt_pomade

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