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エモーショナルなトラップで魅了させるラッパー釈迦坊主、その原点となる作品たち


さまざまなジャンルと融合したボーダレスなラップが話題に

耽美的な世界観をトラップビートの上でラップして注目が集まるラッパー、釈迦坊主。歌舞伎町でホストをしていた経験から得た、彼ならではのリアルなリリックが近年話題を呼び、ライブを行えば満員となる状況になった。昨年リリースしたアルバム『HEISEI』によって、知名度が急上昇。まずはアルバムに関して本人に振り返ってもらった。


「アルバムはかなり反響が来たけれど、今思うと反省点しかないですね。今はもっとヤバいものが作れる。ミキシングとトラックとラップとリズムなど、今は技術的なところを集中的に鍛えています。基本的に自分は、音楽を聴く時に言語で聴くよりも音で聴く音楽が好みなんです。だからリリックは自然と出てきたものを書き留めていって、歌詞よりも全体像を重視しています。なのでリリックは本当に読みたい人だけに少々伝わればいいかな」


期待される次のリリースに向けて、どういった目論見があるのだろうか。「今はさまざまなジャンルの音楽を作っています。トラップだけでなく、テクノやハウスも好きなので。いろいろなジャンルを作りたいというよりは、音楽としてボーダレスになりたいかな。“釈迦坊主はこういう音楽”というイメージが固まってしまい、固定化されるのが嫌なんですよ。だから、次回作はまったく違う人が作っているぐらいの勢いで望みたいですね。求められているものを作るとおかしくなるというか、自分が作っていてつまらなくなるんですよね。自分が評価され始めたのは、自分のやりたいことや作っていて楽しいと思える音楽を作り始めてからなので、自分が楽しいと思う精神状態は絶対に保たないといけない。自分の精神のことしか考えていないです、今は」

釈迦坊主のバックグラウンドとなる作品たち


ボーダレスで謎に満ちた楽曲のルーツを知るために、彼に影響を与えた作品を解説してもらった。ジャンルもバラバラで彼の吸収力の高さを感じる。経年によるジャケットのほころびから愛聴していたのが伝わる作品ばかりだ。


ラップスタイルの多様性を知る。降神『降神』(写真左上)

「2000年代初頭にリリースされたアルバムで、日本語ラップとして本当に影響を受けました。それまでは、ラップに対して低俗なイメージを持っていて毛嫌いしていましたが、リリシストでスピリチュアルなヒップホップがあることを初めて知ったんです。ラッパーの志人は、フローも自由でオリジナルで知的な言い回しで、でもビートはすごい太くて黒いのに、日本の繊細な部分がうまく消化されていて、ものすごく影響を受けてます。自分は日本語ラップに入りたての頃、韻を踏みまくる押韻主義だったんですが、この作品にまんまと影響されていました」


展開の多様さを学ぶ。キング・クリムゾン『クリムゾン・キングの宮殿』(写真右下)

「中学生の時、ロックのCDをめっちゃ持ってるお兄やんの家で聴いた1枚です。レッドツェッペリンやガンズ、エマーソン・レイクだったりを聴いた中で、一番食らったのがコレ。「宮殿」がプログレッシブで展開が読めず、こんなに先が読めない音楽があるんだ、本当に自由だなと思いました。元々ゲーム音楽が好きだったのもあってすぐフィットしました。昔、変拍子のプログレッシブな音楽を作った時に影響を受けましたね」


世界観をセルフ・プロデュース。BUMP OF CHICKEN『リビングオブデッド』(写真右上)
「このアルバムだけ死ぬほど聴いていて、中1の頃にギターを始めるきっかけになりました。自分でジャケットの絵を描いて、作詞も作曲もして、自分ですべての世界観を作っていて惹かれました。このアルバムの流れも物語性があって、全部ひとりの脳内で片付けられている。そのスタンスに影響受けて、自分で楽曲制作からMVまですべて手掛けようと思った原点かもしれません」


耽美で邪悪で、奇っ怪な世界観を垣間見る。Lacrimosa『Stille』(写真左下)

「中学3年の時に聴いたドイツのゴシックメタル。ボーカルのティロは、人間とは思えないくらい人形のように美しい男性。でも声がめちゃ気持ち悪いんですよ。ダミ声で地獄から湧き上がってくる邪悪な声で、見た目とのギャップがすごい。クラシカルなゴシックの音楽の中にヘビーメタルな要素がある。俺は中3の頃、メタラーでへビィメタルのCDを収集して、たどり着いたのがLacrimosa。自分の中でのメタルベスト。自分のゴシックで奇っ怪な部分の元かな」


人生のすべてが集約されているゲーム。『ファイナルファンタジーVII』(写真中央)
「自分の人生の始まり。このゲームは物心ついた時にもうずっとやってて。親が水商売で家に居ないあいだプレイしていて、何回もクリアしたか覚えてない。この物語から学んだ哲学が今の自分に生きています。このゲームのサウンドトラックが本当に素晴らしくて、植松伸夫さんが作曲していて、曲名覚えてるぐらい愛聴していました。1番聴いて1番プレイして、1番時間費やしたかも。いまだに精神を落ち着かせるためにプレイしたり、サントラは寝る前にいまだに聴いていますね」


個性派ラッパーが集結する場TOKIO SHAMANを主催


ヒップホップ以外のさまざまな音楽からインスパイアを得ている釈迦坊主。ライヴを披露するホームグラウンドは、彼が主催するパーティTOKIO SHAMAN。WWWでの前回の開催はチケットがソールドアウトするほどに成長した。その理由は、キャラクターの被らない個性的な次世代のラッパーたちが出演するからだ。そこには地元の仲間とクルーを組んで成り上がっていくヒップホップとは違ったつながりがあった。話を聞くとどうやら、TOKIO SHAMANはクルーではなくパーティのための集合体のようだ。

「TOKIO SHAMANのラッパーのなかでもTohjiは独り立ちするぐらいに伸びました。他にも撮影やCG作れたり、ミックスやトラック作れたり、いろいろできるヤツが集まっている。ただ、それをクルーとして見せたくない。あくまでTOKIO SHAMANという表現をする場のために集まっている距離感がいい。それは、個人でやっていることを研ぎ澄ますためもありますね。あくまで個人の作品で成り立たないと意味がないので。クルーでないからこそ、後輩から曲がダサいと言いあえる関係性があるんです。あと、そもそもみんなクルーは苦手かもしれないです(笑)。だから集合写真も一枚もないんですよね。写真を撮りたいと思わないし、むしろ写真が嫌いなやつもいて。とにかく特殊な集団なんですよ」


TOKIO SHAMANの面々とは、毎日のように顔を合わせて、仲間が出演するパーティには小さくても足を運ぶ。そういった仲の良さをSNSでアピールしないところが信頼関係の深さに繋がっているとも語る。

「みんな海外のヒップホップをディグるから情報共有も早いんですよ。家に集まって音楽を聴いて、スタジオ風の部屋があるからラップを録りたくなったらその場で始めて。誰かが録音しているときはゲームやったり、童心に帰って遊んでいますね。TOKIO SHAMANのみんなといると本当に心が落ち着く。昔歌舞伎町で働いていた頃にはなかったぬくもりというか。仲は良いんですがネットでは見せないですね。本当に仲がいいからSNSで見せなくてもいいんですよ」


インド滞在によって自己研鑽に目覚める


そんな釈迦坊主の近況は音楽制作に没頭しているという。その理由は突如思い立って訪れたインドでの日々だった。4月から約1ヶ月滞在した街はコルカタ。初めて足を踏み入れたインドは、達人の多さに驚いたと言う。

「なんとなく選んだのが、ガンジーの出身地でした。滞在前にたまたまガンジーの映画を見ていたので、これは何か巡り合わせがあるなと。とにかく、街中の人々の技術が人間業を超えていて衝撃を受けました。例えば、椅子職人や仮面の職人、大道芸人などを見て、自分の技術はまだまだすぎると痛感しました。俺も達人にならなければと思い、本気で音楽についての勉強をしようと思い立ちました」

達人になりたいと思い立ったのは、街全体から自分の理想の生き方を感じたことから。「インドのカースト制度はゆるくなっているけれど、みんなが好きに生きている感じがしました。自分で仕事を見つけて、自分の好きな技術を磨いて、好きなように商売している人々が多かったんです。日本ではなかなか難しいのですが、自分も個人で好きなように制作するスタンスで行こうという覚悟も決まりました」

釈迦坊主から見たインドは、アーティスティックな彼ならではの見え方に変わる。今後リリースされる、達人を意識して極めた楽曲が待ち遠しい。

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