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ボーダーレスに音楽と向き合うYonYonのプレイスタイル


東京とソウルを行き来する中で得た音楽観とは

DJ、シンガーソングライター、プロモーター、ラジオパーソナリティ、そして音楽プロデューサー──彼女、YonYonの肩書きは実に多岐にわたる。キリスト教徒の両親のもとにソウルで生まれ、東京で育ったバックグラウンドを持つ彼女は、幼いころから教会の聖歌隊で先頭に立ち歌っていたという。シンガーを目指しバンド活動していたこともあったが、18歳のときにひょんなことから始めたDJが彼女の運命を大きく変える。東京と韓国のクラブを行き来しながら培った、音楽ジャンルのボーダーを自由な感性で越境するプレイは現場で確かな評価を得た。そして、2017年12月に日韓の注目すべきプロデューサーとシンガーが楽曲を共同制作するプロジェクト、「The Link」を立ち上げた。彼女の視線の先に広がっているのは、豊かなヒューマニズムとクリエイティビティに満ちた音楽文化交流だ。


− 幼いころから東京とソウルはどれくらい行き来していたんですか?

むちゃくちゃ行き来していました。小学校1・2年生までは日本で、3・4年生は韓国で、5・6年生は日本で。転校を繰り返していたんです。


− 子ども心に混乱はなかったですか?

混乱しましたね。当然、転校すると仲よくしていた友だちと離れ離れになるじゃないですか。当時はSNSもなかったし、離れたら一生会えないと思っていました。でも、私はそれをどこかでドライに受け止めていて。“どうせまたすぐに引っ越すだろうし”って自分からそんなに深い付き合いをしなかったですね。


− 東京とソウルで体感するカルチャーの違いを感じることの影響もあったでしょうね。

それは大きかったですね。日本に戻ったときにみんなが聴いている音楽がわからなかったし、それに慣れたと思ったらまた韓国に戻るから(笑)。韓国でもまた同じことを感じて。でも、わからないからこそ自分で調べて、聴いて、吸収したんです。それは私にとって重要な経験だったと思いますね。


− その経験がYonYonさんのバイタリティの源泉になっている。

そうですね。大学に入学したときに東日本大震災の余震の影響で入学式がなくなってしまって。mixiで知り合った同期の仲間たちに“自分たちで入学式をやろう!”って促して、そこで初めてイベントをオーガナイズしたんです。たまたま程よいスペースの会場が空いてなかったからクラブで開催。その後、新歓でDJサークルの先輩に出会ったり、DJを始めたのも当時バイトをしていた服屋さんの店内にたまたまDJブースがあったのがきっかけだったし、今の自分に至るまで自然に導かれたような感覚があって。自分がいる環境の中にそれが存在していたというか。お母さんによく言われるんです。“神様があなたをそういうふうに導いたんだよ”って。DJに関しては大学生のときに韓国の大学に6ヶ月間交換留学したのも大きかったですね。


− DJのプレイスタイルにも影響があった?

ありました。最初はハウスやディープハウスを中心にプレイしていたんですけど、韓国に留学したときは現地でヒップホップがホットになり始めたころで。Cakeshop(ソウルにおける現行のクラブミュージックシーンを牽引するクラブ)がオープンして2年目くらいの時期だったんですね。急成長しているクラブシーンの中に自分がいて、その熱量を体感したことで私もDJとしてこの勢いに乗りたいという気持ちを強く持ちました。韓国のクラブでDJとして認められるまですごく時間がかかったんですけど、最初にプレイしてからはほぼ毎週声をかけてもらえるようになって。人との出会いにも恵まれていますね。


− 今はどれくらいのペースで韓国に行っているんですか?

今はTHE LINKのこともあるので、DJの現場がなくても1、2ヶ月に1回くらいのペースで行っていますね。アーティストやプロデューサーのリサーチをしたり。


− やはり日本と韓国のアーティストの意識の差異を感じることも多いですか?

そうですね。韓国は90年代の日本のようにミリオンセラーが続出したような音楽市場の背景がないので、アーティスト自身の海外進出に対する意識がすごく強い。韓国のアーティストと直接話をすると“アメリカに進出するためにがんばっているんだ”という子ばかりで。でも、日本のアーティストと話しているとそういう話にはあまりならないですね。日本のアーティストの多くは言葉の壁であきらめていると思います。でも、私の中学生の同級生でもあるYaejiなんかはニューヨークを拠点に活動しながら韓国語で歌っている。そのあたりのポイントにみんな気づいてほしいですね。


− THE LINKを立ち上げたのもきっとそういう背景が影響してますよね?

それがベースにありますね。イベントをオーガナイズしている中でも、まず自分の周りにいる日本と韓国のアーティストを知ってもらう機会が必要だと感じたんです。その延長線上で日本と韓国のアーティストとプロデューサーが楽曲を共同制作したら面白いんじゃないかと思って。あと、私自身これまでDJやバンド活動をやってきて、クラブとライブハウスのお客さんが断絶していることにずっと違和感を覚えていたんですね。だから、THE LINKの存在は私の活動の集大成とも言えるんです。


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− THE LINKの次の動きに関してアナウンスできることはありますか?

日本のシンガーである一十三十一と、韓国のプロデューサーに、Moon yi rang (ムン・イラン)というハウスのプロデューサーをフィーチャーして一緒に曲を作った『Overflow(変身)』を3月21日に配信しました。あと、去年のクリスマスに『unknown』というイベントを立ち上げたんです。それは日本の地方と地方を繋げるプロジェクトで。まずは福岡と大分のアーティストをexchangeするイベントを大分で開催しました。次は北関東あたりでやりたい。また肩書きが増えてしまったので、今はアシスタントを募集しています(笑)


YonYon
www.yonyon-musiq.com
Instagram : @yonyon.jp

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