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真鍋大度が関わり続ける、最前線の音楽の現場

「大学生の終わり頃からIAMASに行くまでですね。当時(2000年頃)、グループホームというNYのヒップホップのユニットのバックDJをやっていてヨーロッパツアーに同行しました。ドイツのカールスルーエで行われていたヒップホップフェスに出演したんです。ドイツって、アメリカの次の次ぐらいにヒップホップのマーケットが大きいんです。それまでの僕は日本でしかDJをしていなかったので、初めての海外DJでした。1万人くらい観客がいるフェスでドイツでは受け入れてもらえたんですが、パリでは僕がステージに上がった途端にブーイングが起きて……アジア人がGrouphomeのバックDJをやるなんて、ということで非難轟々だったんです。それでムカついてライブが終わってステージから降りる時に、客席に向かって中指を立てたら暴動が起きて裏口からみんなで逃げました(笑)」

Grouphome + DJ Daito Manabe in Paris

Grouphome、Jeru the Damajaと(右から2番目が真鍋大度)

Grouphomeとのツアー

と自分がフェスで衝撃を受けた体験を語るのは、メディアアーティスト真鍋大度。海外で「日本のメディアアーティストといえば?」と聞けば必ず名前が上がる、フルスタック集団・ライゾマティクスリサーチを率いるアーティストだ。またDJとしても20年以上のキャリアを誇り、ヒップホップやジャズ、フットワークなどをミックスした独自のスタイルが評価され、スクエアプッシャーやアンダーワールドらのフロントアクトもつとめたり、Nosaj Thing、FaltyDLと国内外のイベントにDJとして出演している。

20年前、まだ人種の壁は厚かった。そんな頃から海外でも音楽活動を行っていた真鍋は、高校時代から六本木のクラブで箱付きのDJ(クラブに雇われるDJ)として腕を磨いた。だが冒頭の事件から「このまま活動していても未来はない」と感じ、DJ活動をシュリンクして、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)に行くなど、メディアアートの活動にシフトしていった。時代は2000年代初頭のこと。DJプレイも、アナログでヒップホップを回していた時代からデジタルへと移行する過渡期だった。今も昔も変わらず、真鍋の活動の根幹にあるのは音楽だ。


―ヒップホップから電子音楽へ

「大学の頃はアナログからCDJへの過渡期だったんです。みんなCDでDJをするようになっていたけど、僕はレコ屋で働いてレコードをコレクトしていたこともあり、アナログでDJすることに意味があると思っていたので、頑なにCDではやりませんでした。インターフェースもカッコ悪いと思っていたし。ただ、スクラッチをする時だけは自分のスクラッチネタをCDに焼いていたので、IAMASに行って作りたいと思ったものはアナログレコードでサウンドファイルをコントロールするというものでした。回転方向、回転スピード、再生位置を解析するための特殊な信号をアナログレコードに入れてパソコンで解析してサウンドファイルや映像、モーターを制御するソフトを作ってました。『Ms.Pinky』というプロダクトが出てやめてしまったのですが、『Traktor』や『Serato』が出る前からやっていたこともあり、リリース前に『Serato』の人からメールをもらったこともありますよ。」

レコード屋のバイヤーをしていた頃の真鍋の元ネタブック。1998年当時、今と比べてネットを駆使している人が少なかったのでサンプリングネタが入ったレコードが買い放題だったという。

レコードを買い終わった後の様子

当時はMEGOやop,discなどのレーベルによって、音響派と呼ばれるミュージシャンが台頭していた時期。日本ではSILICOM(青木孝允と高木正勝のユニット)や、いまもサウンドアーティストとして活躍する澤井妙治のポータブルコミュニティ、徳井直生、evalaらが国内外(特にヨーロッパ)で活動していた。

「2000年頃に音響系で面白い流れがすごくありました。僕はそういうところに憧れて、ライゾマの堀井(哲史)とユニットを組んでラップトップでライヴをやったりもしていたんです。AutechreやAphex Twin、スクエアプッシャーが頂点にいて、一方日本でも面白いムーブメントがあって。その中に僕が通っていたIAMASもあって、Max/MSP(インタラクティブ・ツール)のワークショップで日本の音響派たちと出会って。その頃の交流が今も続いています」

いまや映像クリエイターの印象が強い真鍋だが、出発点は音楽。渋谷慶一郎やevalaらにリミックスを提供しているほか、J-waveの番組コーナーのテーマ曲の制作など、コンポーザーとしても活動している。もともと、キャリアの初期に行っていた、ダムタイプの藤本隆行とのコラボレーションにもエンジニアだけでなく作曲家としてとして参加していた。

「昔は、ダンスのプロジェクトに参加するにしても、コンポーズがメインの仕事だったんですが、曲を作れるということよりも、プログラミングができるというスキルの方が重宝されるようになって、その仕事の方が増えていったんです。VJなどをしていくうちに、映像の仕事の方が増えていって。音楽にこだわりがある分、映像のほうが実はやりやすいんですよ。映像のほうがシステマチックにできるというか...…自分自身のスタイルというものも意識していませんし」


―音楽に対する飽くなきこだわり

音楽へのこだわりが強いから、映像の方が仕事として作りやすい。そうしたパラドックスが、真鍋の中にはあると言う。こだわりが強いほど、作ることが難しくなってしまう。膨大な音楽を聴いている中でも、その好き嫌いはすごくはっきりしていて、細分化されていることでもわかる。

「例えばダブステップひとつ取ってみても、リバーブが深いものはあまり好きじゃない、90年代のヒップホップみたいに乾いている方がいい。ヒップホップでも同じ様に好みが細かくて、DJ Premierとピート・ロック、J Dilla、Madlibは好きだけど、ロード・フィネスのコンプの使い方はあんまり好きじゃない、とか。ちょっとした違いなんですけどね。使ってる機材がSPとMPCだったらSPの音の方が好きだなとか、そんなこだわりもあります」

音楽に対する、あまりにも強いこだわりに圧倒される。その一方で、現在はツールにこだわることはやめているそうだ。取材したライゾマティクスのスタジオにも、SP-1200などのビンテージからElektron Analog Fourなどの最新の機材まで、たくさんの機材が備えられている。ここで一体真鍋はどんな音楽を作っているのだろうか?

「今はAbleton Live(ドイツのDAWソフト)だけを使った音楽作りをしています。主にDJでプレイする時に使うトラックが多いです。ツールにこだわるのはすごく面白いし、色々な楽器やドラムマシンも買っているんですが、今までそういう遊びをしてきたので、少し違うことをやってみようと。それは先日ドイツで会ったMachinedrumの影響なんですけど。彼はツールを問わずに良い曲が作れなければミュージシャンではない、という考え方の人なので」

カシオの安いキーボードで良い音楽を作れない奴は、100万の機材を使っても作れないーー真鍋はMachinedrumからそう教えられたという。常にシーンの最先端におり、世界的なミュージシャンと共に活動する真鍋は、そのヒリヒリした空気を常に肌で感じている。


―トラックメイキングが隠れた趣味

「いまは選択肢があまりにも多くなってしまった分、迷いも多く生まれるんでしょう。すごく仲が良いNosaj(Thing)も、ビートを作ったり音を決めるのがすごく早いんです。『ドラムの音を決めるのに5分もかけてたら日が暮れちゃうだろ?(笑)』なんて。彼がいつも言っているのは、”ディテールを詰め過ぎるな”ということです。ソフトで作ると延々ディテールにこだわってしまいがちだから、ということかと。「頭とハート、そして(股間を指差しながら)セクシーかどうかだ」というのも良く言ってます(笑)」

Nosajはいつも、真鍋に『はやく音源を出せ』と冗談交じりに急かす。自分が100点だと思わないものでも、発表することができるーーそれが、ミュージシャンたちが真鍋にするアドバイスだ。

「僕は、自分が納得しない音楽は絶対に世の中に出したくないと思ってしまう。でもそう言われるうちに影響されてきて、いまは毎日1ループ作るというのをやってます。といっても、ハーフステップ(ドラム&ベースのサブジャンル)っぽいループだけですが。いまは20曲ぐらい溜まってきました」

いつか真鍋自身のアルバムを聴く日が楽しみだ。


―フェスから呼ばれるために下積みをした過去

現在までに100を超える国内外のフェスに出演している真鍋大度。アーティストなら誰もが羨むキャリアだが、どうやって真鍋自身に出演のオファーが来るのだろうか? フェスに呼ばれるアーティストになるために、秘訣のようなものはあるのだろうか?

「今では呼んでいただけるようになりましたが、最初は全然呼んでもらえないんですよ。誰にも知られていないから、当たり前なんですが。昔は海外のフェスに呼んでもらいたいあまりに、メディアアートのキュレーターやSonar(バルセロナで行われているメディアアートフェスティバル)の主催者に自分のDJミックスや作品のURLを送っていました。僕の作品は見てもらったらわかるものが多いので、あまりくどくど説明するようなことはしていません。そこでどこかに呼ばれることが決まっても、フランチャイズじゃなくて本国のフェスに出たいんだってプレゼンをするんですよ」

Sonarは音楽、メディアアートなど複合的なフェスで、バルセロナ全体を巻き込んだ大規模なもの。真鍋にとっても、やはり特別なイベントなようだ。

「やっぱり音楽とテクノロジーのコラボレーションを20年以上前からやっている元祖的な存在ですから。今でこそ、メディアアート×音楽のフェスのようなものはたくさんありますが、フランチャイズしてスポイルされてしまうものもありますからね。そこで言うと、Sonarはすごくプライドも高いし、音楽も展示もホスピタリティも全てクオリティが高い。昼はプレゼンテーション、夜はパーティというようにちゃんと差が付けられているのが素晴らしいと思います。他にもMUTEKやSonarの香港でも市民にフェスが受け入れられている感じがすごくしました。そこは日本で行われているフェスと違うところかもしれません」


―さまざまな立場から参加して見えるもの

真鍋の活動はマルチだ。音楽フェスにもアートフェスにも、DJとしてもVJとしても出演し、また講演もワークショップも行っている。眠る暇もなく、昼夜活動している。しかも、楽屋にこもってしまうのではなく、空き時間にはワークショップやライブイベントにもオーディエンスとして参加し、フルに楽しんでいる。

「以前、ヨーロッパで言われたんですよ。『フェスに呼ばれたら、昼はワークショップとレクチャーで喋って、夜はライブとDJをやらないとダメだ』って。人前に出ないメディアーティストもいますが、裏方だけじゃなくて、まだできるうちは僕もやりたいなと思っています」

ここ十年くらいで、日本で開催されるフェスの数も飛躍的に増えた。最後に、真鍋自身は日本で開催されるフェスについてどう感じているのだろうか。

「”音楽×テクノロジー”という謳い文句が流行っていますが、そういうことをやっている人たちが本当に音楽のことをわかっているのかと感じることもあります。例えば『日本でSXSWをやろう』的なフェスがある。昼はトーク、夜はDJをするわけですが、昼のトークは満員なのに、夜のDJイベントにはスタッフも来てくれない、みたいなことがあるんですよね。昼間はトークイベントに出演して音楽について熱く語っている人も、打ち上げでカラオケに行っているからイベントには来ない、というような。悪い言い方をすると、音楽やメディアアートを利用してビジネスにしようと思う人もいると思うんですが……でも、そうやってイベントを開催して僕らに機会をくれるのはありがたいことですね」

誰よりも音楽を愛する真鍋だからこそ、前線にいたい。そんな思いが伝わってきた。


TEXT: 齋藤あきこ
PHOTO: 菊池良助

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