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サイプレス上野が受け継いだ松坂大輔のユニフォーム

フリースタイル・バトル・ブームの火付け役となったTV番組『フリースタイル・ダンジョン』の初代レギュラーを務めた、ラッパーのサイプレス上野。熱いキャラクターと堅実なショーマンシップ、ヒップホップに限らないカルチャーの引き出しの多さが特徴だが、人前でパフォーマンスをする原点となったのは、横浜高等学校時代に所属した応援指導部(応援団)だ。何せ彼が応援していた時代、同高校の野球部は春・夏の甲子園を連覇(98年)するという黄金期だったのだ。そして、その中で特に輝いていたのが、他でもない松坂大輔である。

「今日、持ってきたグッズのひとつは横浜高校の野球部のユニフォームなんですが……松坂の名前入りっていう! おれは中学でちょっとだけ野球部に入ってたんですけど、高校に上がったら横高の野球部はあまりにも強過ぎて、レギュラーどころか〝3年続けるのなんて絶対無理〟って言われて速攻で諦めて。新入生部活勧誘会の時に騙された形で応援指導部に入ったんですね。ただ、草野球は続けていて。で、ユニフォームが必要だから、同級生の松坂に〝余ってない?〟って訊いたら、〝はいよ〟って投げてくれたのがこれ。その後、おれが何回も着てるんで値段は付かないでしょうけど、良い思い出ですね」。



ー松坂に続いて音楽でメジャー・デビュー

当時、松坂大輔は世代を代表するスターだった。上野は、卒業後、全く違う道に進んでからも、時々、彼のことを思い返しているという。
「松坂がオレの曲を聴いて、〝すげーいいじゃん〟みたいなメールをくれたこともありました。野球選手ってピークが早いじゃないですか。同級生の中にはもう引退してコーチをやってる奴もいる。そういう中で、あいつは現役で頑張ってるし、おれもこの歳でようやくメジャー・デビューした。やっぱり、タメとして刺激を受けてます」

〝松坂世代〟のラッパー、サイプレス上野のキャリアはまだまだ続く。


TEXT: 磯部涼
PHOTO: 寺沢美遊

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