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逆輸入型のカルチャーをニューヨークから発信

たとえインターネットやSNSが発達し、文化や情報の交流が盛んとなった現代においても、未だ知り得ぬ領域というのは存在する。もちろんそれは、ことファッションブランドにおいても同様だ。2015年にヒップなユースたちの溜まり場として知られる「PIZZA SLICE 2」にてポップアップショップを開催した〈Nothin’ Special〉は、無名ながら彗星の如く国内のファッションシーンに現れた気鋭のブランドだった。聞けば、ニューヨークを拠点としながらも日本人デザイナーが手掛ける、いわゆる“逆輸入型”のブランドであるという。本国ではすでに著名なミュージシャンやアーティストが愛用していることでも話題となり、日本でもポップアップ以降にわかに人気となりつつある。そんなこれまでにない出自を持った彼らの実態に迫るためにも、現地のアトリエを訪れ、デザイナーである松岡氏にインタビューを敢行。その全貌をここに記録した。


ニューヨークは、僕にとって憧れでもあり、教科書のような街


—まず、はじめにブランドを始めた経緯からお願いします。

松岡:ブランドを始めたのが2015年の秋頃なんですが、ファーストデリバリーは2016年の春夏で、ちょうど今3年目のシーズンになりますね。元々僕は大阪にあるセレクトショップの「FIVESTAR」で働いていたんですが、自分のブランドをやってみたいという欲求にかられ、30歳を迎える前にニューヨークへ渡ってきたんです。

—拠点の場所をニューヨークに選んだ理由はなんだったのですか?

松岡:前職の頃から旅行やバイイングのアシスタントとして何度か訪れたこともあり、個人的に所縁のある地であったんです。そして同時に僕自身のブランドを始めるにあたり、国内だけではなく世界規模のマーケットを視野に入れたブランドをいつかやりたいと思っていました。そのためには一から色々学場ないといけないなと思ったんです。となるとファッションやカルチャーの先端でもあるニューヨークは、僕にとって憧れでもあり、教科書のような街だったんですよね。

 

—実際にニューヨークでは、どんな形で下積みをされていったんですか?

松岡:はじめはなんの頼りもなく、勢いだけで渡米してしまったので、最初はそのキッカケ探しからでした。そして2ヶ月ほど経ったときに、昔からずっと好きだったスケートブランドの〈ACAPULCO GOLD〉がサンプルセールをやっているのに遭遇し、そこでデザイナーやスタッフの人と意気投合し、働かせてもらうことになったんです。そこではデザインから生産の背景、ブランドとしてのフィロソフィーを如何にして構築していくかなどの、様々な知識や技術を学びました。

—なるほど。そこから独立する形で〈Nothin’ Special〉がスタートすると。

松岡:正確には〈ACAPULCO GOLD〉はその後、日本と韓国に拠点を移し存続が継続されていたんですが、今年ブランド自体も活動を休止しています。僕自身はニューヨークに渡って〈ACAPULCO GOLD〉のオリジナルメンバーと出会ったことが大きなきっかけとなり、ブランドを始めることになりました。実はここのオフィスも、〈ACAPULCO GOLD〉の事務所の跡地なんです。

—そういった意味でも〈ACAPULCO GOLD〉のマインドは継承されているんですね。

松岡:そうですね。ブランドを始める上で僕が常に信条として抱いていたのが、 “日本らしさからの脱却” でした。それは僕自身ニューヨークで生まれるストリートカルチャーや映画や音楽などに魅了されてきた人間でもあったので、せっかくこの地に来たら僕の視点から見るニューヨークらしさを打ち出さないと意味がないという想いからでもあります。

 


劣化したコピーではなく、昇華されたデザインとしてアップデート


—松岡さんの言うニューヨークらしさとは具体的にはどういったモノを指すのでしょうか?

松岡:定義付けをするのは難しいのですが、ストリートブランドである以上、グラフィックにはこだわりたいということ。そしてサンプリングとなるデザインソースや背景などに遊び心を取り入れること。そのいずれもがどこかしらにニューヨークの街から生まれたカルチャーが内包されていたら、きっと手に取る人にとってもニューヨークが感じられるのかなと。

—現在は主にどんなお店やエリアを中心に展開しているのですか?


松岡:はじめにブランドのアイテムを取り扱ってくれたのは、古巣でもある「FIVESTAR」と、東京の「STADIUM」でした。ともに僕がニューヨークに拠点を移してからも親交が続いていて、名もないブランドながら取り扱ってくれて、今でもその関係は続いています。その後のらりくらりとマイペースにブランドをやりながら、毎週末行きつけにしていたレコードショップが主催するレゲアのパーティに遊びに行っていたんですが、そこで出会った白人の友達に「OPENING CEREMONY」のバイヤーを紹介されたんです。どうやらそのバイヤーが彼女だったみたいで(笑)。そこからトントン拍子に進み、気が付いたらニューヨークの主要店舗でも取り扱うようになっていました。

 

—まさにニューヨークのストリートブランドらしい展開ですね。

松岡:そうですね。彼らもきっと僕らのようなインディペンデントなブランドを探していたんだと思いますが、そのタイミングが色々なキッカケとともに交錯したんだと思います。運がいいですよね(笑)。

—その後は、「OPENING CEREMONY」をきっかけに活動の範囲も広がっていったんじゃないですか?

松岡:おかげさまで気が付いた著名なラッパーやセレブの方々が手に取ってくれるようになって、ブランドの認知度も一気に上がりました。それからシーズンごとにラインナップも増やしていき、この勢いのまま日本でもポップアップをやってみようかなと思い、「PIZZA SLICE 2」でポップアップショップを開催したんです。

 


“何もない”ところから楽しいことを生み出していけたら


—オーナーの猿丸さんとは元々親交があったのですか?

松岡:ニューヨーク在住の共通の知人がいて、その方に紹介してもらってコンタクトをとたんですよね。日本でやるなら「PIZZA SLICE 2」のようなニューヨークの空気が感じられる場所がいいと思っていたので。

—その時には写真展やZINEの制作なども行っていましたよね。

松岡:今のオフィスをシェアしているKOKI SATOという写真家がいて、ブランドのタブレットカタログやルックなどの撮影もお願いしているのですが、彼の作品を展示しながら、記念にZINEも作ってもらって〈Nothin’ Special〉のアイテムと一緒に販売していました。「PIZZA SLICE 2」自体、とても賑わっているお店ということもあって、予想以上の反響をいただいて、日本でも手応えを感じつつ、色んな出会いもあり、結果的に大成功でしたね。

—ニューヨーク、東京でそれぞれ成功を収め、ますます活動が盛んになっていくと思いますが、今後のビジョンなどはいかがですか?

松岡:具体的にはまだ決めてはないんですけど、ニューヨークや日本での市場をもっと大きくしていき、今僕らが仲良くしている若いバンドやアーティストたちとイベントをやったり、憧れのブランドとコラボレーションを行ったり、イメージはしています。ブランド名の意味でもある“何もない”ところから楽しいことを生み出していけたらいいですね。


そして今回、KODEと〈Nothin’ Special〉がコラボレーションし、オリジナルTシャツを作成。他では決して入手することが出来ないアイテムを見逃すな!

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