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気鋭「WESTOVERALLS」大貫達正のファッション観と、功績までの足取り。


感覚に対して、シンプルに行動する

2017年のデビューから瞬く間に売れたデニムブランド「WESTOVERALLS」。一見、ヴィンテージのようでいて現代的に洗練された佇まいは唯一無二。そのデザイナー大貫達正はフリーランスとして「HELLY HANSEN」のクリエイティブアドバイザー、「OLDMAN'S TAILOR」の企画ディレクションなどを手掛ける気鋭のデザイナー。彼がいかにして結果を出し、今のファッションをどう見ているのか? 率直な話を聞いた。

―今日の大貫さんのスタイリングにはアイビーを感じます。

ちょうど、18歳の頃の服装のリバイバル。今季、懐かしのアメカジが改めていいなと思っています。今日はブルックス・ブラザーズのシャツにチャンピオンのスウェット、細身のリーバイスと革靴。スカジャンやレッドウィングなんかも気分ですし。思い出のスタイルを、等身大の価値観でアップデートする感覚です。


―ヴィンテージに造詣が深い大貫さんですが、ストリートファッションはどのように見られていますか?

何を以てしてストリートなのか? そこからお話しさせて下さい。今の解釈ではグラフィックアーティストやスケートボードをする人たちのファッションを指すことが多いけれど、僕はそれって言葉として的確なのか疑問を持っている。シーンには長い歴史があり、いつも街では何かが起きていた。だからもっと多面的な言葉だと感じます。

―「ストリーファッション=スケーター」ではなく、時代によって様変わりするんですね?

労働者の作業着でしかなかったデニムが注目され、誰もが自分の最上のデニムを自慢するようにストリートを歩いた時代もあったわけで。僕自身は、思春期にクラシックやオールディーズ、ロカビリー由来のファッションを肌で経験し、そうするうちにアメカジ旋風、追って綺麗なフレンチスタイル、トラッドやアイビーが台頭、さらにヒップホップ系譜のギャングスタイルやパンクのファッションと様々なものが入り乱れるのを目撃しました。メゾンの提案するモードではなく、街から新しいものが生まれ続けるのを見てきたからこそ、ストリート系という言葉を安直には使えなくなってしまったんです。


―そうしてファッションシーンを捉え続けてきた大貫さんが服に傾倒するようになったのはいつからでしょう?

5歳頃には親とジーンズショップに行って自分で服を選んでいました。小学生になると吉田栄作さんが履き込んだリーバイス501にレッドウィングの革靴を合わせているのに憧れ、自分も色落ちしたジーンズが欲しくて。『Boon』という雑誌に出会い、古着屋というものを知った。お年玉を握りしめて原宿に行き、初めてヴィンテージのジーンズを手に入れたのが思い出深いですね。

羽織っているデニムのタキシードは貴重な一枚。1951年、アメリカの国民的歌手ビング・クロスビーが、当時作業着でしかないジーンズを穿いていたためにホテルのチェックインを拒否されそうになった事件があった。その話を聞いたリーバイス社が直ちにクロスビーのために特別に生産したもの。

―モチベーションは何だったんでしょう?

カッコつけて、人よりいいものを着て、目立ちたいという意識ですかね。ファッション通には音楽や映画への造詣が深い方が多いのですが、僕は違う。アイコンとして最低限のものはチェックしますが、ファッションとしてカッコいいかどうかが重要でした。例えば、セルジュ・ゲンズブールの色気のあるスタイルには多いに影響を受けているけれど、彼の全ての楽曲や経歴を知っている訳じゃない。とにかくヴィジュアルに対する興味と美的感覚が強くて、トレンドの一番コアであろうとしていたんです。


―仕事としてファッション業界に携わるようになった経緯を教えてください。

僕は服飾学科を出ていません。当時、ファッションは生活の一部であり、学ぶという感覚がまだ理解できませんでした。高校の通学路にあったインディアンジュエリーショップで遊ばせていただき、高校生の頃には一風変わった格好を面白がられてティーン誌『東京ストリートニュース!』に掲載されたりして。卒業文集には「将来、ファッションデザイナーになる」と大真面目に書いていました。専門学校に入ってからは授業が終わると古着屋でバイト、夜には出版社の編集部に行ってスタイリストのお手伝い。学生時代には、この業界に片足を突っ込んでいました。


―ご自身が楽しみながら、自然とファッションの世界に身を置き続けることになったんですね。

若手にパワーがあったから刺激を受けた部分もあります。伝説の古着屋がいくつもあり、ミリタリーウェアのプロフェッショナルや、コアなヴィンテージが揃う「VOICE」のバイヤー、今もなお絶大な支持を得るショップ「FOVOS」のオーナーと、原宿を牽引する方々はみな20代でした。「N.HOLLYWOOD」デザイナー・尾花大輔くんも「VOICE」でアルバイトをしていて、僕も彼の先輩で同僚だった方のお店で働いていました。そして19歳でアメリカに、20歳でフランスに買い付けに行き、最初の渡仏では洗練されたトラディショナルと出会い、驚きましたよ。日本ではまだユーロ古着が普及していない時代ですから。それまでのアメカジ一辺倒ではなく、セルジュ・ゲンズブール、マリンボーダー、シャネル……とファッションカルチャーに引き込まれた。思えば、服づくりを始めたのもその頃。


―今、大貫さんが支持される背景に、「気持ちの赴くままにやる、行く、買う」というとても自然な行動原理を感じます。

逆に今は、選択肢の多い時代だからこそ、次の一手に対して迷いやすくなるんでしょうね。広く薄く情報が落ちているから、欲しいものがあればwebで価格を見比べ、廉価版を見つけ、感覚が鈍る。そんなことも起こっているように感じます。もっとシンプルでいいと僕は思う。欲しかったら買う、やりたかったらやる、そんなピュアな行動は必ず血肉になりますから。単純な一挙手一投足の積み重ねが自分をあるべきところに連れて行ってくれるんではないでしょうか。


大貫 達正

1980年11月17日生まれ。
小学生の頃からヴィンテージ古着に興味を持ち、アメリカやイギリス、フランスの古着を中心に販売からバイヤー、ショップディレクションまで幅広く携わり、国内の古着業界に10年間勤める。�年、自らのブランドMANUFACTURED BY SAILOR'S(マリン系バッグ、小物ブランド)を立ち上げる。
その後、セレクトショップやデザイン会社の企画ディレクションに多数参加し、
現在はフリーランスとしてHELLY HANSENのクリエイティブアドバイザーを務める他、HELLY HANSEN R.M.C、OLDMAN'S TAILOR、そしてWESTOVERALLSの企画ディレクションを手掛ける。

Instagram: @tassei_onuki
westoveralls.jp

Text: Takako Nagai[CATALDESIGN]
Photo: Masakazu Koga
Edit: Shunpei Narita

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