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fuzkueオーナーが語る読書の引力(前編)

「読書をする人のための場所を作りたい」という想いから、2014年、初台にオープンした「fuzkue(フヅクエ)」。自身も日々、多くの本を読み続けているオーナーの阿久津隆氏は、読書をする時間の魅力をこう語る。

「一番安全な時間である気がしますね。人と関わると疲れることもあるじゃないですか(笑)。もちろん本を読んでいても、文章から問いかけられてのっぴきならない気分になることはあるんですけど。僕の場合『本を読んで成長したい』みたいなことは思わなくて、映画館で映画を観ている時間もそうなんですけど、なんとなく繭のなかにいられるような感じがするかもしれない」

— 魅惑のラテンアメリカ文学



なにかとせわしない場面も多い社会において、読書は一種の“逃げ場”であるとし、フヅクエ自身もそういった場所でありたいと話す阿久津氏。そんな読書好きの彼が、なかでも好きなジャンルであると話すのが、ラテンアメリカ文学だ。子ども時代に読んだ『ズッコケ三人組』で読書のおもしろさに目覚め、中学生頃から、より日常的に読書に親しむようになった彼が、そこからラテンアメリカ文学に関心を持ったのはどんなきっかけからだったのだろうか。

「大学時代に保坂和志の本を読み始めたんですけど、彼の小説論で、多くの小説について言及されているので、そこから興味が広がっていって。たぶん『百年の孤独』(ガブリエル・ガルシア=マルケス)は、保坂和志をきっかけに知ったと思います。それからしばらくして、海外文学をいろいろと読むようになったんですけど、白水社の「エクス・リブリス」シリーズから、いい海外文学がたくさん出ているので、新刊をチェックするようになって。オラシオ・カステジャーノス・モヤの『無分別』を読んだらすごくおもしろかったので、そこから手当たりしだいに読んでいくようになりました」


2012年の終わり頃に『無分別』と出会い、2013年の一年間は「小説はラテンアメリカのものしか読まない」と決めて実行したという。その魅力はどんなところにあるのだろうか。

「ラテンアメリカはどの国をとってみても、血なまぐさい動乱の歴史があって、それらの国の小説を読んでいると、どんな題材でもそういうものが絶対に滲み出てくる感じがあるんです。軍事クーデターで親戚が殺された、みたいなことが、すごく身近にある環境というか。大きな歴史のうねりみたいなものが通奏低音にある世界観に惹かれますね」


予想外だったのは「小説に出てくる人名もちょうどいいんです」という答え。その心を聞いてみると、「僕は山田さんよりロベルトさんの話を読みたいんです(笑)。これがロシアとかの名前になっちゃうと、ちょっととっつき辛いんですけど、それに比べると、なんとなくスペルもイメージできるし、でもロバートやボブとも違う」。フィクションとして、自身からほどよい遠さを感じるがゆえの居心地のよさがあるのだという。そして総じて、特有の“抜けのよさ”を感じると話す。

「コロンビアもあればメキシコもあるし、本当は『ラテンアメリカ』っていう切り取り方は解像度が低いと思うんですけど、意外とその国の人たち自身も『ラテンアメリカ』っていうくくりで考えてる感じがして。たとえば日本だと、同じアジアでも台湾に行くのですら外国に行く感じがあるけど、彼らにとっては国境を越えるのがもっと気安い行為なんじゃないかなって。もちろん言語の壁があんまりないことが大きいと思うんですけど、コスモポリタンを地で行く人々みたいな、その開放感、伸びやかな感じが好きなのかもしれません」


歴史のダイナミズムがもたらす大きな「世界」との接続、自身とのほどよい距離感、そして開放感。これまで彼が説明してくれたラテンアメリカ文学の魅力は、日本で暮らす我々の日常の時間の流れ方や価値観とは異なる座標軸を味わえるということにあり、それは彼自身が“逃げ場”と語った、読書する時間の魅力そのものと直結しているのかもしれない。最後に阿久津氏がおすすめのラテンアメリカの小説を紹介してもらった。

「最初にパッと浮かんだのが、ロベルト・ボラーニョの『通話』という短編集です。このなかの『センシニ』という短編がとにかく好きで。ボラーニョの小説には、本を読む人や、書く人がたくさん出てくるんですよね。単純に自分が読書好きだからだと思うんですけど、そういう描写にキュンとするんです(笑)。そして、見ず知らずの人同士の気持ちが不意に通じ合う瞬間みたいなものが描かれている話が、僕はとにかく好きなんですけど、そういう僕の好きなポイントが網羅されているのが『センシニ』です。今回5冊選んだんですけど、扱ってる題材に統一感はあまりないですね。なにかしら自分にとってエモーショナルなものがあるところが共通点なんだろうなと思います」


阿久津氏のおすすめラテンアメリカ文学5選。

『孤児』フアン・ホセ・サエール
『都会と犬ども』マリオ・バルガス=リョサ
『盆栽/木々の私生活』アレハンドロ・サンプラ
『ただ影だけ』セルヒオ・ラミレス
『通話』 ロベルト・ボラーニョ

次回の後編では、《読書に合う音楽》をテーマにインタビュー。

TEXT: Yuri Matsui
PHOTO: Ryuichi Taniura

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