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GraphersRockのフィクショナル・デザイン

GraphersRockこと岩屋民穂は先日のインタビューで、「ガジェット好き」というところが自身の原点であると語ってくれた。GraphersRockの真骨頂と言えば、意味不明なロゴを無数にちらしたデザインだ。私たちが持っているスマホやガジェットの裏に小さく印刷されている何かを注意するロゴや、はたまた企業のCIのようなロゴ、そして古代文字や象形文字のようなロゴがGraphersRockのデザインのいたるところに張り巡らされている。彼のスタイルのこだわりはどこから来て、何が意図されているのだろうか?彼は自身のルーツを紐解きながら話してくれた。

日系家電メーカーで技術者をしていた父親を持つ岩屋の実家には、回路図や設計図が転がっていたそうだ。彼は自然と幼い頃から「リアル・ガジェットの設計図」に触れていた。そんな自分が「SF・ガジェット・テクノ・サイバーパンク」に傾倒していく環境の中で育った岩屋のキャリアを決定付けたのは、Mac(Macintosh)との出会いだった。

遡ること20年、1995年頃、高校生の岩屋は自身初めてのMacintoshを購入する。その当時のMacはスティーブ・ジョブズがAppleに戻ってきた頃。もちろん当時のMacintoshの扱いは、スタバでMacBookというような「おしゃれアイコン」ではなく、どちらかというと「超根暗なオタク」の象徴だった。「オタク高校生」として岩屋はMacを手に入れて、その道に踏み込んだ。

岩屋は当時、電気グルーヴのオールナイトニッポンから流れてくるテクノ・ミュージックにはまっていた。マニアックなテクノを聞いていたその道の先輩たちがMacを使っていたことに憧れ、自分でもMacが欲しくなったそうだ。そしてもう一つのMacを購入するきっかけがあった。「デジタルボーイ」というデジタル・サブカルチャー雑誌を購読していた岩屋は、その雑誌の付録のCD-ROMの内容が知りたくてたまらなくなった。しかし、そのCD-ROMを開くためにはMacが必要だったのだ。さらに「デジタルボーイ」で「グラフィック・グルーヴ」というDTPを駆使した新たなグラフィック表現の特集が組まれており、その記事に若かりし頃の岩屋に大きな影響を与えたことには間違いない。そこで岩屋は「とにかく四六時中、Macをいじっていたい!」と思い立ち、デザインの専門学校の門を叩いた。



― デザイナーズ・リパブリックの衝撃、インダストリアル・デザインとGraphersRock

岩屋に今でも影響を与え続けているのはイギリスのデザイナーチームであるデザイナーズ・リパブリックだ。WARP Recordsや今年のフジロックでも来日公演を行ったエイフェックス・ツイン、イッセイ・ミヤケのデザインを手掛けたことのあるチームだ。

DTP第一世代とも呼ばれる彼らは、コンピューターを使用しないとできないような情報量の多いデザイン ― 細かいデザインを大量にレイヤーで重ねていく手法で、世界中のデザイナーたちにインスピレーションを与えた。彼らのスタイルがGraphersRockのロゴを無数に散りばめるスタイルの中に生きている。

デザイナーを志望し、専門学校を卒業したあとは、出版社や広告関係のデザイン事務所で経験を詰み、25歳の時に独立する。デザイナー、アーティストとして確立したスタイルを持ち、PUMAとコラボレーションを行う、「想像力豊かな」アーティストとして見られる岩屋だが、彼は自身のことを「根っこは商業デザイナーなんすよ。何かお題を出されて、その中でうまくやるのが楽しいんですよね。クライアントが望んでるものと、自分が作りたいものの、重なるところを見つけるのがすごく楽しい」と、アーティストと商業デザイナーの間として生きることを楽しんでいると語る。

岩屋は純粋なアーティストとして生きていく、というより、彼の言葉を借りると「クライアントワークというメディアを通して、自分の作品を発信している」と、定義付け流ことができるそうだ。音楽関係のプロジェクトで仕事を共に行うマルチネ・レコードのtomadに「GraphersRockは、クライアントの仕事をただ受けているんじゃなくて、クライアントと共謀してイメージを流布してる」と言われたこともあると教えてくれた。

― 消費社会、ガジェット、SF、ロゴに込めたウイルス・未だ見ぬ文明

技術者の父、テクノ好きが昂じてMacintoshを手に入れ、デザイナーとして活躍するGraphersRockのスタイルと言えばロゴを無数にちらしたデザインだ。もはや意味不明なロゴ、しかしどこかで見たことあるようなアイコンが、PUMAとのコラボはもちろんのことGraphersRockのデザインに頻出する。

岩屋はそれを「デザインのバランスを考えながらですが、人知を超えた何かを作りたいという欲求の現れ」と語る。岩屋はデザインの作り手として「このアイコンはこういう意味と提示しない方が面白くて、梵字っぽいデザインのアイコンもあるんですが、別に何の言葉でもなかったりするんですよね。それは知らない国の言葉だったり、意味のありそうな図形だけど意味がなかったり」と、意図的にデザインに「一見無意味なロゴ」を挿入していく。

人知を超えた何かの文明とのコミュニケーションやメッセージという彼が妄想するSFの世界を、現実世界のプロダクト・デザインやクライアントからの要求を落とし込んだアートワークとして表象する彼は、デザイナーであると同時にSF作家であるのかもしれない。彼は「中学生の頃、SFマニアの先生に授業中に見せられた『2001年宇宙の旅』にくらってしまったのがそもそもの原点なのかもしれない。自分にとってエンターテイメント映画ではなく、意味の分からないことを前提としたアート映画を見た初めての経験だった」と語ってくれた。まさにそのスタイルはルーツが色濃く反映されたフィクショナル・デザインと言えるだろう。



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