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RIEHATAがティーンガールの憧れとなった理由

新世代の“SWAG”なダンサー。それはRIEHATAという稀有な女性ダンサーを形容する際にしばしば使われる表現だ。彼女は10代の頃から国内ダンスシーンでその非凡な才能を武器に頭角を表し、中学卒業を機にカリフォルニアと日本を行き来する生活を送りながら、本場アメリカで単身修行を行ってきた。ここ数年は、プレイヤーとして国内外の著名なアーティストのライブや映像作品で共演を果たし、話題を呼んだ。そして指導者としても第二のRIEHATAを世に輩出すべく奔走。さらには二人の息子を育てる母親としての顔を持つ。その時代、時代を象徴してきた女性が憧れる女性像。その現代版とも言える存在になりつつある27歳の女性ダンサーが歩んできたこれまでと、未来を見据えるこれからについて訊いた。



ダンス好きが高じて、単身カリフォルニアへ武者修行


—まずはRIEHATAを知らない読者のためにも、ダンスを始めたきっかけから教えてもらえますか?

「最初はダンサーではなく、歌手になりたかったんです。それで小学生の頃にボーカルレッスンを受けられるスタジオを探していたんですけど、地元が田舎だったので周りにそうした場所がなく、家族に相談したら私のために東京へ引っ越してくれることになったんです。そこで授業の一環であったダンスをレッスンしていうちにダンスにハマっていったのがきっかけですね」。

—そこからはダンスまっしぐらな生活が始まるわけですね。

「そうですね。ただしばらくは歌のレッスンとも両立しながらやっていったんですけど、次第にダンス一本でやっていこうと思うようになり、中学生の頃くらいには完全にダンスだけをやっている感じでした。その頃から『DANCE ATTACK』などのキッズの大会にも出たり、同世代ダンサーと路上で毎日のようにダンスをしていました。ただ、その中で自分が求めている世界とのギャップを感じ始めて、もっといろいろな世界を見てみたいと思い、母親にアメリカに行きたいと直談判したんです」。


—当時15歳。常に応援してくれていた母親とはいえ、さすがに反対とかもあったのでは?

「昔から私の母親は、RIEがやりたい! と思ったことには反対をせず、常に応援してくれて、私にとって一番の理解者でした。それと親戚がみなカリフォルニアに住んでいるので、そこで短期のホームステイをするのであればということで、母親も安心して送り出してくれたんです」。


—というと、やはりそこで得られた経験は大きかったと。

「そうですね。それからその一回に留まらず、それ以降何度もカリフォルニアと日本を行き来する生活を送るようになりました。日本ではバイトをしながら資金を貯めて、お金が貯まったらまたショートステイでアメリカへ行くっていう生活でしたね。はじめはカリフォルニアの独特な空気感が私の求めているライフスタイルと一緒なんだって実感できて刺激的な日々を送っていたんですが、もちろん楽しいことばかりではなく、言葉の壁や文化の違い、遠い親戚の家だったこともあってそれなりに気を遣うことも多くて、はじめは家事手伝いみたいな感じでした。それから少しづつコミュニケーションにも慣れ始め、次第に自分の意見も言えるようになっていきました」。



無名時代からの大抜擢、そしてスターダムへ


—海外へ渡ったことで日本では得られない体験がRIEさんを成長させてくれたんですね。その頃、肝心のダンスはどうされていたんですか?

「私の住んでいるエリアからレッスンスタジオがかなり離れた場所にあったこともあって、頻繁に通うこともできず、それでもホストファミリーの機嫌を伺いつつ、たまに週末などダンススクールに連れて行ってもらったりしていましたね」。

—なるほど。アメリカに渡ってからもすぐにはダンス漬けの生活ができたわけではないんですね。その中でたまにレッスンを受けた際に触れた本場のダンスカルチャーはいかがでしたか?

「やっぱりアメリカ人の女性はみんな表現力も高く、きちんと自分をアピールできる術を知っているし、ダンスカルチャーが根付いている国でもあるから技術的な面でも学ぶことが多かったですね。日本ではいつも中心的な役回りでダンスをしていた自分がちっぽけに感じた瞬間でもありました。そんな自分の現在位置を実感するとともにやるべきことが明確になっていきましたね。そこからはとにかく自主練。毎日行けるわけではなかったからこそ、YOUTUBEの映像を見たり、仲間のダンスを録画して自宅でとにかく真似していました。その頃の時間が今思うと本当に充実していた日々で、ホームシックになるどころか日本に帰りたくないってくらいダンスにのめり込んでましたね」。


—なるほど。RIEさんがかけるダンスへの想いの根幹には、常にそのストイックな姿勢がある気がします。

「基本は負けず嫌いですからね(笑)。そんな生活を続けていくうちに先生や仲間からも認められていき、今までは後ろの方でシャイに踊っていたのが、少しづつ前の方で自分らしさをアピールできるようになっていたんです。この頃から日本とカリフォルニアを行き来しながらも常に目標のアップデートは欠かさず意識していました。それが成長への一番の近道だと思っていたので」。

—そこから一気にRIEさんの活躍が世に知れていくようになるわけですね。この頃RIEさんにとって一番の分岐点になった出来事などはありますか?

「色々あるんですけど、一人のダンサーとして認められるようになった出来事としては、カリフォルニアで受けたレッスンで先生が私と踊る動画をYOUTUBEへ載せてフックアップしてくれて、その影響もあってヨーロッパやアジアなど日本以外の国からオファーを沢山もらうようになったんです。あとは日本に帰国したタイミングで、LADY GAGAが『ミュージックステーション』に出演する際のダンサーを急遽プライベートオーディションで募集するという話を聞いて、受けに行ったんですけど、日本と海外の優秀な先輩ダンサーが集まっている中で、私は当時日本ではまだまだ無名だったにも関わらず、まさかの私が一番先に受かってしまったんです」。


—あの出演を機に、一気に知名度も上がり、話題になりましたよね。そこから憧れであったChris Brownとも共演を果たすことなります。

「Chris Brownはやっぱりダンサーであれば、みな憧れる存在というか、歌も上手くてダンスも超一流。本当に雲の上の存在で、お手本にしていた存在でした。彼の曲で踊った動画をダンサーのDeeと共にinstagramへポストしていたら、Chris Brownもそれをシェアしてくれて。それからすぐに、『是非会いたい、ライブリハーサルに遊びに来ないか?』ってメッセージが来たんです」。

Chris Brown - 『Party (Official Video) ft. Gucci Mane, Usher』




ダンスが本当に好きだから、その喜びを伝えていきたい


—まさに今の時代らしい、繋がり方ですね。

「そこから急速にChris Brownの自宅に招待され、いつか一緒に作品を作ろうということになって、あの『Party』というPVでの共演が実現したんです。そこでもただの話題作りではなく、日本人であり、女性の私を本当に尊重してくれて、そんな人間性にも惹かれてしまいますよね。あとChris Brownと仕事をするだけでなく、一緒に遊んだり話したりすることで、彼が誰よりもピュアにダンスを愛していることが分かったんですよね。きっと世界中の人々を魅了できるダンサーってこういう人なんだなって感じました」。


—いい話ですね。そうしたインスピレーションもまだまだ日本では感じることができない要素なのかもしれないですね。

「ダンスに限らずだとは思うんですけど、まだまだ日本って色んなしがらみがあって、若くして才能を持った人がいてもなかなか活躍できる場が少なかったりすると思います。それがアメリカにはない。その違いは大きいと思います」。


—当然RIEさん自身もそのカルチャーショックをプレイヤーとして実際に感じたからこそ、プロデュース業で携わっているダンススクールの「STUDIO S.W.A.G.」での特別レッスンや、キッズダンスの指導にも積極的ですよね。

「そうですね。ただ私としてはシーンをどうこうということよりも、単純にダンスを教えるのが好きなんですよね。ダンスだけじゃなくファッションだったりライフスタイルだったり、私なりに良いなって思えるものを伝えていくことで、私自信もパワーアップできるから相乗効果になるんですよね。私も素敵な恩師との出会いがあったように、そうした環境を少しでも作っていけたらって思います。それに今『RIEHATA TOKYO』という名で自分が育ててきた弟子を集めたクルーをいくつか活動させていたり、着実に力をつけている次世代のダンスクルーだって自負しています。私と一緒に先ほど話したChris Brownの『Party』のMVにも、その何人かも連れていきました」。


—またプライベートでは、二人の子宝にも恵まれ、時折そのお子さんたちもRIEさんのInstagramに登場していますよね。子育てとダンスの両立に関しては大変なことも多いと思いますが、意識していることなどはありますか?

「確かに子供達を育てるために私自信の細かい目標とか夢も追いかけづらくなっているのかもしれないけど、それ以上に昔に想像もできないほどの夢が今現実になっているんですよね。夢を叶えた先の可能性の真っ只中を走っているような。それって子供を授かったことで人間的に大きく成長したこと、そして子供がいたからこそ経験して強くなった心があったからなので、こうして今があるのは全部ひっくるめて息子たちのおかげです。私に沢山の経験と感情をくれて本当に感謝しています」。

—そんな一人の女性としての強さが世の中の女性からの共感や支持を得られる要因なのかもしれないですね。

「無意識のうちに女性へのメッセージになっている部分はあるのかもしれませんね。女性って基本的には弱い生き物だし、軸がぶれやすいじゃないですか? 恋も仕事も一生懸命にならなければならないし、私のように子育てに奮闘している人だっているわけだし。そんな時にどんなことがあっても精神面で強い女性でいることってきっと大切なんだと思うんです。それがその人のオーラや女性としての品、美しさになるし、それを私が行動と表現で示していけたらいいなと思っています」。



RIEHATA FAVORITE SONG

King Combs — 『Love You Better feat. Chris Brown』

dani Leigh — 『Life』

ZICO — 『Television』


RIEHATA
新潟県出身。フィリピンと日本のハーフで、幼い頃から抜きん出たダンススキルとセンスを持ち、中学卒業とともに渡米。その後、国内外へ活動の場を広げ、LADY GAGAやCHRIS BROWN、OMARIONを始め、数多くのアーティストと共演を果たし、20代前半で日本を代表するダンサーとしての地位を確立。その後は国内のキッズダンサーの育成や世界各地のダンススクールでインストラクターとしても活動し、また自身も現役のダンサーとしてシーンの一線で活躍中。プライベートでは二児の母親として同世代の女性を中心に絶大な信頼を得ている。

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