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デザイナー尾崎雄飛に聞く、旅と服づくりの話

“意識の裏切り”の前提となる多角的なインプット

「サンカッケー」「ヤングアンドオルセン」のデザイナーとして絶大な支持を誇る尾崎雄飛。19歳で渡英し、帰国してから今日まで服づくりを突き詰め続ける彼は、フットワーク軽やかな旅人でもある。人々を魅了するデザインと、海外で得る知見について、その相関性を探る。


―ファッションの仕事をするためには、海外でのインプットはマストですか。

洋服を扱う仕事をしたいのか、もしくはアーティストとして服を作りたいのかによって答えは変わります。後者なら海外でのインプットは大いにすべき。洋服というくらいですから、“洋”に行って初めて、その出自と進化について理解できる。特に古い服から学べることは多いはずです。

―19歳で渡英した際、アパートで古着をバラしながらその構造を研究していたそうですね。

昔の人はしっかりとものを作っていますよ。一人ひとりの体に合わせてテーラーさんが布を当ててシェイプさせたり伸ばしたり…。すべては必要に駆られて出来たもの。特に道具としてよく研究されてきたのがワークウェア。リーバイスに次いでリーがあり、さらに追随する多くのメーカーが、競うように時代の移り変わりに合わせた機能的な服を作っていた。ジッパーを取り入れリベットを省略し…と、古着を並べてみると彼らが切磋琢磨している様が浮かんでくるんです。知れば知るほど自分の糧になりますね。


―“必要のデザイン”は古着から学べるんですね。

こうした服って、現代には多くない。特に80年代以降、洋服はファッションの側面がぐっと強くなり、機能や作法のために着られることは減りました。お洒落を第一に作られた服は、着心地は二の次になっていることも多い。見た目には特徴的でも、着てみて気持ちよくない服は僕にとって退屈なんです。

―尾崎さんにとって、服が道具としての役割を果たすことは大前提なんですね。

服を作る過程ではエンジニアであるべきだと思っています。車を作る時、疲れにくいシートや速度を上げやすい形を考えるのと同じこと。見た目が可愛かったりカッコ良かったりするだけではなく、機能を備えた設計を理解しながら服づくりをしたい。それが出来た上で“意識の裏切り”を生み出してあげるのが、僕の思う“おしゃれ”であり、アーティストの表現の余地ですね。


―“意識の裏切り”とはどういうことでしょう?

世の中にはすでに、完成された定番服があります。どこぞのボタンダウンシャツやジャケットからリーバイス 501まで、手の加えようがない。そこで「一見、501のように見えるけど…あれ、それはなんだろう?」と思わせる服が出来たら、目を惹くポイントになり、なんだか洒落ていると思いませんか? こうした微かな“意識の裏切り”が生まれる瞬間がファッションだと考えている。だからデザイナーが洒落た服を作るためにはインプットが必要。自分の中に資料がなければ、どう裏切るのかも分かりません。

―尾崎さん独自の文脈で資料を蓄積されてきたんですね。日本に居るだけでは得られない知識でしょうか?

もちろん日本各地にも素晴らしいものづくりがあり、僕の知らないこともまだまだある。それでも、やはり見慣れてしまっているせいか、感受性を発揮できないような気がして。その点、外国は僕らにとって多様性の塊。NYやロンドンに行くだけでもいいですが、オンリーワンな表現のためには、より独特な場所にも訪れられたらいい。例えば、ケニアに住んだ影響からもの作りをしている人がいたら、それだけで面白そうじゃないですか?



―今でも年に数回の海外旅行を続けられているそうですね。服づくりに活きていますか?

アリゾナの夕焼け、コネチカットの沼…と旅で見た風景を色出ししたりします。また100〜200年前にシェーカー教徒が織った布を持ち帰り、工場に相談しながら同じ柄の生地づくりをすることも。生地が出来たはいいものの、デザインが思い描けず、素材と戦い続けることもありますよ。1年経っても思いつかない場合もあるんです(笑)。


―直接的にインスピレーションを得ていますね。現地ではどのようなシーンを観ていますか?

例えば、テキサスの片田舎にあるのはシンプルな営みです。明日、何をして暮らして家族を守っていくか。そんな中、可愛いものを作っている人もカッコイイことをやっている人もいる。ただ羊を追いかけ回している人がいるだけの風景は見逃してしまいがちだけれども、よく見ればその羊は自分の来ているスーツのウールだったり、食べているステーキだったりする。色々な人が様々なことをしている当たり前の営みを目の当たりにします。ファッションに溢れた東京で、お祭り騒ぎの主役になっているだけでは見えない、お祭り騒ぎの一本裏の道の静けさの中に、ハッとするような美しい物事がある。東京にいるだけでは見えなかったものが見えるようになると、自分の可能性は豊かになりますね。それは日本の片田舎でも同じように体験できることですが、海外だとなぜか、より心に沁みるように思います。


―外に目を向けながら、自由に動き続けているようにお見受けします。破天荒とも映るほどの推進力の秘密はなんでしょう?

昔も今もいつだって自分はまだまだだと思っているんです。「こういう服が作りたい」「もっと他のアプローチはないか?」と言ってばかりいても仕方がないので、とにかく、やる。何年か経つと未熟さが恥ずかしくなって改良したりもします。そうして一生懸命にやり続ければなんとかなるものです。僕が初めて工業生産したのはTシャツでしたが、展示会をせずにスーツケースに詰めて全国に売りに行ったのが最初でした。よく、「売る場所もないし展示会をやるお金もない」なんて声を聞くけれど、道でやったっていいし自治体の教育センターなんかは数千円で借りられる。完璧でなくてもかっこ悪くても、理想通りにいかなくても、人と違ったっていいので、何事も「JUST DO IT」というところですね。


尾崎雄飛

1980年生まれ。19歳で渡英。帰国後、セレクトショップバイヤー、古着店バイヤーを経て、「フィルメランジェ」を立ち上げる。2012年に独立し、「▽三角形」の屋号で、ファッションブランド「サンカッケー」「ヤングアンドオルセン」をスタート。フリーランスのバイヤー・デザイナーとして、多数のブランドに携わる。

Instagram: @yuhiozaki0411
http://sunkakke.jp/

Text: Takako Nagai[CATALDESIGN]
Photo: Masakazu Koga
Edit: Shunpei Narita

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