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的場良平に訊く、原宿流トレンドの作り方。

流行発信地として世界中から観光客を集め、ファッションやカルチャーの重要エリアともされる原宿。東京らしい文化的側面を常に担ってきたこの街から生まれたトレンドは数知れず。当然そうした基盤を作り上げてきた先人たちへの敬意を払いつつも、これからの原宿的トレンドを生み出していく鍵はどこにあるのか。ヴィンテージショップの草分け的存在である「BerBerJin」の姉妹店を経て、裏原宿と呼ばれるエリアに昨年自身のショップ「offshore」をオープンさせた的場良平という人物をご存知だろうか。新宿生まれの生粋のシティボーイである彼が発信するミクスチャー感あるトレンドは、現在のファッションシーンにおいて異質な輝きを放ち、常に話題を呼んでいる。まさに現在の東京らしさを如実に表現していると言えるだろう。そんな00年代のトレンドセッターに聞く、流行の生み出し方について。


原宿を代表するファッションカルチャーといえば、90年代に隆盛を極めた裏原と呼ばれた東京独自のストリートシーンを思い浮かべる人が多いだろう。かつての先人たちが培ってきた大いなる文化の土壌の上で、現在も多くのデザイナーやブランドが活躍しているのは周知の事実でもある。そしてその系譜を辿った人間のひとりでもあるのが、今回主役ともなる的場良平さんだ。彼自身が、原宿、しいてはそのカルチャーと邂逅することになったのは、学生時代にまで遡る。

「生まれが新宿なので、中学や高校の頃から遊ぶのは決まって大体新宿辺り。それこそ原宿や渋谷も自転車で行ける距離だったので、地元に近い感覚でそのエリアで青春時代を過ごしていました」。


生粋の東京生まれとして新宿界隈を主要場所として遊びに学びに奔走していた的場さん。そうした環境の影響もあって比較的早い段階でファッションへと目覚めた彼は、自然な流れに身をまかせるようにファッションの専門学校へと進学したという。

「高校卒業してすぐにファッション業界に沢山OBもいらっしゃる文化服装学院に進学しました。当時は裏原カルチャーと同時に古着ブームの全盛期。どちらも共存するようにしていて、ファッションシーンを牽引していました。僕自身は当時からその双方に関心を持ちながら、どちらかというと着こなし自体は古着やヴィンテージに傾倒していたかなと思います」。


刺激の多い東京の中心で生まれ育った的場さんは、自身に大木な影響を与えていたファッションの道を志し、専門学校に進学し、卒業後ほどなくして、自身が10年以上も勤めることになる“古着屋の名門”に就職する。

「当時からベルベルジンといえば、泣く子も黙る名店で、原宿のファッションの中心でした。もちろん僕もお客さんとして通っていて、そんな憧れもあって入社したお店は、その姉妹店であるラボラトリー/ベルベルジンアールでした。このお店で15年以上過ごして、ファッションのイロハを学びました」。


同店では、その個性的な着こなしや朗らかな人柄が評判を呼び、程なくして看板スタッフとしての立ち位置を確立。掘り出し物のヴィンテージやここでしか手に入らないレアアイテム同様に、的場さん目当てで訪れるお客さんも少なくはなかった。そうした原宿ストリートのハブスポットでもあった同店では、常に様々なスタイルのお客さんが集い、日々ファッションにまつわる談義が交わされていたという。そしてその時の経験こそ、的場さんにとってかけがえのない大きなインスピレーションを与えることになった。

「洋服屋さんとしての立ち振る舞い、あるいはベルベルジンのスタッフとしての在り方からバイイング、ヴィンテージから新鋭ブランドに至るまでの洋服の知識まで、様々なことを学ばせてもらいましたが、そのいずれも外からの影響が多いのかなって、今振り返ると思いますね。当時から著名な俳優さんやデザイナー、知識豊富なコレクターやスケーターなど、影響力や刺激を持ったいろんな個性溢れる方がお店に遊びに来ていたので」。


現在の的場さんが気分とする、ハイブランドのテーラードジャケットと遊び心のあるストリートブランドのTシャツによるトップスコーディネイト。的場さん自身の根幹ともなっているハイ&ローな組み合わせだ。


頭の中にあったイメージを具現化するだけ


そして昨年、学生時代から漠然と思い描いていた自身のお店をオープンすることになった。その経緯について、的場さんは“タイミング”だと話す。

「もちろん年齢的なことや時代的なタイミングもありますけど、ふと思い立って今お店をやりたいなって思えたタイミングだったんです。少し前から、もしも自分がお店を開くなら、ということは想像していたので、そこまで事前の構想や準備に時間を注ぐことなく、頭の中にあったイメージを具現化するだけで、なんとか形になりました。もちろん沢山の人達のサポートがあってですけどね」。


そしてできあがったお店は、まさに的場さんのスタイルを体現するかのような、個性溢れるセレクトショップだった。インポートとドメスティック、メゾンとストリート、オフィシャルとアンオフィシャル。それぞれファッションの中で芽生える対極のジャンルを軽々と超え、自在に行き来する感覚。しかし、それでいて調和のとれた空間は、まさに東京の今をも表現するミクスチャーセンス溢れる空間だった。

「ここに並んでいるブランドはいずれも僕が本当に良いと思ったものばかりで、さらに友人でもある人達が手掛けるブランドなので、信頼関係も築けているんです。だから胸を張ってお勧めもできる。セレクトショップの背景は? とよく聞かれるんですが、それは僕の好きなものを集めた空間であること以上でも以下でもないんです」。



僕のスタイルに最も影響を与えたプロダクト群


的場さんにとって思い入れの強い、ストリートな逸品。それは90年代にリリースされた〈Supreme〉の初期アイテムで、現在市場では枯渇化による価値の高騰で伝説化されつつあるアイテムだ。「このタグをモチーフにオマージュされたブートレグ感は、まさにSupremeの真骨頂でもあり、ストリートブランドらしさですよね」。


続いては、品川に構える銭湯「天神湯」オリジナルTシャツ。知人を介して出会ったオーナーと意気投合し、そのグッズをセレクトすることに。同時に東京オリンピックの開催を目前に控え、高まりつつある国内のスーベニアアイテムへの需要。その先見の明を確かなものとする同アイテムは、まさに的場さんの審美眼の賜物とも言える。「銭湯がファッションアイテムをリリースするという視点が面白いですよね。銭湯だけどグラフィックが薔薇っていうのも新しいかなと」。


こちらは友人でもあるラッパーのKOHHが近日オープン予定のショップオリジナルグッズ。シンプルなメッシュキャップにブランド名のブランクペーパーを貼り付け、別売りのカラーペンで自由にペイントできる仕様。オリジナルを共に作るという価値観が、ファッションに楽しさの息吹を吹き込む。「KOHHくんのブランドっていうだけでワクワクするし、なによりカスタムベースで楽しめるキャップっていうアプローチが斬新ですよね」。

 

こちらは昨年12月にリリースされた、NIRVANAのオフィシャルアーカイブTシャツブックの『HELLOH?』。錚々たる過去のコレクションがギュッと一冊の写真集に凝縮され、NIRVANA関連のTシャツを100枚以上所有する門畑明男氏と作り上げた血と汗の結晶ともいえる力作。「昨年は、故カート・コバーンの生誕50年という節目の年。僕のスタイルに最も影響を与えたアーティストでもあったので、是が非でも実現させたかった作品なので、感無量ですね」。


同ショップでは、コーヒースタンド兼ギャラリー施設も併設しており、通常のセレクトショップとは一線を画したアプローチも大きな特徴となる。そのスペースを活用して不定期でイベントや個展の開催も画策しているという。「新しいことを仕掛けていくというよりも、結果的に面白いことができたらいいなと思っています。それも全て自分の好きなこと、やりたいことに集約されていれば、結果的に人に伝わっていくと思っているので」。


これまで的場さんが歩んできたファッションの道のりから、現在の自身が傾倒するスタイルの指標ともなっている「offshore」の成り立ちまで。そして今自身が気になる着こなしやアイテム、ブランドの話を聞いていく中で、少しづつ的場さんのファッション的な思考が見えてきた。その中で、ファストファッションが溢れ、SNS全盛でセレクトショップの役割も変わってきた現代において、的場さんは今後どんな流行を作っていきたいのか。インタビューの最後に、本テーマとなるその問いを投げかけてみた。

「東京にしかない感性ってなんだろうって考えたときに、やっぱりミックス感っていうのは大きなキーワードになっていきますよね。僕自身、洋服のジャンルもそうですが、聴く音楽もロックからヒップホップまでジャンルレスなので、そういった趣向をそのままアウトプットすることがまずは大切かなと。一見こだわりがないように見えて、その感覚が実は一番東京らしいのかなってこのお店を作ったときに感じました。」



的場良平(まとば・りょうへい)
1984年東京都生まれ。文化服装学院卒業後、「LABORATORY/BERBERJIN®」に入店。10年勤務したのち、昨年念願でもあった自身が手掛けるセレクトショップ「offshore」をオープンさせる。ジャンルにとらわれることなく、国内外の気鋭なブランドを取り揃え、その独自のセレクト観に定評あり。昨年12月にリリースした共著『HELLOH?』も取り扱う。

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