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SON OF THE CHEESEにあった  思い出のプールが1/100サイズに

約2年前、東京・目黒の喧騒の中に『SON OF THE CHEESE(サノバチーズ)』という名の山本海人さんの作り上げた”秘密基地”のような空間があったことをご存知だろうか。映画さながらのトレーラーハウスにキドニー型のプールがあり、そこにはスケーターたちが日夜スケートライフを楽しみ、ファッション関係者たちがBBQやプールで遊んでいる。「仲間たちが集まれる場所を作りたい」そんな山本さんの思いを具現化した場所が、そこには存在した。

※今はトレーラーハウスもプールもなくなってしまった。プール型陶器の下にあるのは、当時プールの縁に使っていたブロック。


そんな山本さんが作り上げた場所だが今は無くなってしまったが、アパレルラインやサンドウィッチ屋『BUY ME STAND』、ラウンジ『SON OF THE LOUNGE』などと形を変え、今も僕らを楽しませてくれている。中でもアイコンとして紹介したいのがキドニー型プールを1/100サイズの瀬戸物として制作された小物入れ。当時、実際に滑っていたスケーターも泳いでいたガールズも、SNSで見ていたヘッズたちにとっても、思い入れのあるその姿には魅力的に写ることだろう。そんな本作の魅力について山本さんと、制作の現場監督を担当したWooden Toyのディレクター兼大工のスケーター、大場康司さんに当時を振り返りつつ語ってもらった。

 

ープール型陶器のことを語る前に、先に『SON OF THE CHEESE』のことを教えて欲しいのですが、あの夢のような空間を作ることになった経緯を教えてください。

山本「たまたま土地が安く借りられたんですよ。それに単純にお金があった訳でもないので、トレーラーハウスを買って、その土地に駐めて住んでたんです。トレーラーハウスって扱いが家じゃなくて、車になるから、マンションやアパートを借りるより安かったんですよ。キドニー型のプールはその延長だったんです。それで大場さんにお願いして作ったんです」

大場「その時、日本にあまりプールみたいなパークがなかったから、みんなで作りたいねって話をしていたんですよね。でも実際に”目黒にプールを作る”って聞いた時は信じられなかったです。何言ってるんだろうって(笑)。土地に行ったらトレーラーハウスとか引っ張りこんでるし、本気なんだなって。スペースが決まっていたから、形は自然とイメージができました。最初はみんな手で穴を掘ったりしていたので大変でしたね」

山本「周りのスケーターが、穴掘ったりすごく頑張ってくれたんですよ。自分よりもぜんぜん本気でやってくれて。頼もしかったですね」


ーなぜ一緒に作ろうって思ったんですか?

山本「世田谷公園のランプで知り合ったんです。そのランプを作ったのが大場さんだって聞いて。大場さんはスケーターで宮大工なんですよ。だから大場さんの下にはたくさんのスケーターも働いていて。だから自然な流れでお願いしましたね」

大場「出会ったのは23歳ぐらいでしたね。もう10年以上の仲ですね」

ー実際に完成して滑ってみた時のことを覚えていますか?

山本「結構、その場の成り行きで作っていったんですけど…」

大場「だんだんエグくなっていきましたよね。作っていくうちにどんどんヒートアップしていって」

山本「かなりヤバかったよね。誰も滑れないってぐらいに(笑)。今だから言えますけど、自分はあまり好きな感じじゃなかったんですよ。自分は体がちょっと大きいので、小さくてタイトなのは苦手なんですよ。だから自分にとっては鬼門で、修行って感じでした。そのおかげでいろんなところで滑れるようになりましたけど」


ー思い出の場所だったんですね。

山本「そうですね。思い出はめちゃくちゃあります。スケボーはもちろんですが、恋愛とかいろんな人のいろんなドラマが生まれた場所でしたね。そんな場所他にはなかったと思います」


SON OF THE CHEESEが自由だったように
このプール型陶器も自由に使って欲しい


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