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RESISTANT―日本最強のメッセンジャーバッグ

メッセンジャーはフルタイムで走った場合、平均的に1日約10時間、週に5日、自転車にまたがり、街で荷物のPick&Deliveryを繰り返す。夏の酷暑、冬の極寒、雨も雪も台風も関係なく、メッセンジャーは出動する。春夏秋冬のうち、心地よく走れる季節はごくわずか。メッセンジャーは日本の四季の変化をダイレクトに体感する過刻な仕事だ。

メッセンジャーにとっての“三種の神器”があるとすれば、それは「自転車」「メッセンジャーバッグ」「無線機」か。それに伝票を書くペン(あと、モノ以外ではその都市の地理感覚と言語能力)さえあれば、極論、世界のどの場所でも仕事をすることが可能だろう。

三種の神器の中でメッセンジャーバッグは、荷物を安全に運ぶことが至上命題のメッセンジャーにとって、自身が長時間使用するうえでの快適性も含めて、それぞれに強いこだわりがある。そしてそのこだわりに、“タフである”というシンプルなメッセージで応えてくれるメッセンジャーバッグが、日本にはある。


メッセンジャーカンパニー・Cyclexの代表・木村信一氏が、10年以上前に立ち上げたバッグブランド「RESISTANT」。木村氏が仲間とともにCyclexを立ち上げたのは2001年。RESISTANTのルーツは、自分たちが業務で使用するメッセンジャーバッグの修理を始めたところまで遡る。

「前の会社では仕事とプライベートでメッセンジャーバッグを使い分けていて、あと当時はデカいのがどこにも売ってなかった。Manhattan Portageが当時まだニューヨークで作っていて、シブかったので問い合わせたけど“9.11”があって。フィラデルフィアのR.E.Loadなら大丈夫かなと思って連絡したらOKがもらえた。ただ、修理が必要になったら送り返さなきゃいけない。ひとまず『工業用ミシンがあれば直せるか』と思ってヤフオクで買ったんだよね」

修理のために手に入れた工業用ミシン。それでもまだ当時は、自分でメッセンジャーバッグを作るか、誰かに作ってもらうかを考えていた時期だったという。

「当時、バッグ作りとかを学べる工房があったので行ってみた。そこの職人さんにメッセンジャーバッグを作ってもらったんだけど、できあがったものに納得がいかなくて。上手い下手でいうと上手いけど、“使っている間に水が入っちゃうからワンピースでボトムの部分にはぎは入れたくない”とか、“ボトムは2重にして補強したい”とか、自分の中でイメージがあった。職人さんには『そんなバッグ見たことねえよ』とか言われて、『なら自分で作ろう』と思ってガレージを作業場にして本格的に始めた」


しかし、バッグ作りは未経験。全てが初めての連続で、試行錯誤の日々が続いた。今となってはRESISTANT=タフのイメージが定着しているが、そこまでの道のりは平坦ではない。特徴的な車のシートベルトを使ったベルトも、そう簡単には誕生しなかった。

「ベルトは最初固いもので考えていたけれど、それだとデカい荷物を運ぶ時に身体が痛かった。そこで発想を変えて、柔らかければいいんじゃないかって試したのがシートベルト。それもバックルの中でスカスカにならないように二枚重ね。さらに重ね方も二枚目を左右から挟み込む形にすると真ん中に谷ができるから、身体への負担を軽減できた。これならパットもいらないし、服のダメージも少ない。黒いシートベルトが無かったからずっと使うことを約束に特注で作ってもらった。あとベルトが痛むのはベルト自体が悪いわけじゃなくて、金属のバックルの内側が錆びることが原因だってことにも気付いた。錆びない素材を業者に聞いたら真鍮だと言うので、せっかく作るならロゴの刻印を入れて、メッキも錆びないように分厚く塗った」


バッグ作りにおける工夫の全ては、『いかにメッセンジャーが使いやすいか』がその根本にある。木村氏自身がメッセンジャーとして走ってきた経験と、日々街を走っている仲間たちの声。それらを汲んだうえで、RESISTANTは愚直にこだわり続ける。

「素材選びからこだわりを挙げていったらキリがないけど、RESISTANTのメッセンジャーバッグは、どれひとつ欠けても成立しないバランスでできている。丈夫な部分と、やや丈夫な部分、けっこう脆いけどここは大丈夫っていう部分が“なだらかに共存”してないと、どこかに綻びが出てしまう。あとは縫う角度とかも、応力が分散するように意識している。メッセンジャーが仕事で焦っている時って、けっこう力が強いじゃない? その力って、普通のバッグにかかる負荷ではない。その時に『ピリッ』とか『ブチッ』とかなるのは、自分的には許せないんだよね。『そんなに強くする必要ありますか?』っていうのはよく言われるけど、ことごとく壊してくる人が身近にいるので、それに対応できなかったらRESISTANTではない」

RESISTANTというブランドとしてタグを付けて、初めて人前に出したのは2005年のKyotoLocoというイベントでのブース出展。最初にオーダーを受けたのはジュリとダビデというメッセンジャーからだったという。ちなみにRESISTANTというブランド名が、ふとしたきっかけから誕生したことを知る者はそう多くない。

「今日もだけど、“チープカシオ”(腕時計)を昔から使っていて。ブランド名を考えていた当時、ふと時計を外して裏を見たらRESISTANTって単語が目に入った。実際に見たのはチープカシオだけど、G-SHOCKって日本が世界に誇るタフな腕時計じゃない?日本のモノの多くは精密さとかで世界に評価されるけど、タフってことで認められているのがカッコいいなと思った。あと人とか生物を表現する時って、ActivistとかAnarchistとか“t”で終わったりする。だからRESISTANTってすごいタフなやつっていう意味もある。タフなバッグをタフなやつ――つまりメッセンジャーに使ってほしいっていう想いで名付けた」


RESISTANTはとてつもなくタフだ。ただし、それすらも使い倒し、言葉を選ばなければ破壊するメッセンジャーが存在する。しかしそれこそがある意味、メッセンジャーという仕事の過酷さを現しているし、作り手と使い手のRESISTANTという名の下に繰り広げられるぶつかり合いが、このメッセンジャーバッグを進化させてきた。そして今、日本最強のメッセンジャーバッグは世界を見据えて少しずつ、あくまで愚直に、次のステップへ進もうとしている。

「数年後にそうなって無かったらカッコ悪いし、数年前に言ってまだできてないけど、RESISTANTを日本製のメッセンジャーバッグという形でちゃんと世界のマーケットに乗せたい。ニューヨークやサンフランシスコ、ベルリン、世界中の都市にメッセンジャーバッグがある。RESISTANTを世界の人から見ても欲しいって思われるメッセンジャーバッグにしたい」

木村氏の言葉が現実になる日は、そう遠くないのかもしれない。どちらにせよ、僕がRESISTANT以外のメッセンジャーバッグを背負うことはないだろう。そう言わせてしまう圧倒的な魅力が、RESISTANTにはあるのだ。


TEXT BY:ラスカル(NaNo.works
PHOTO BY:RESISTANT official

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