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大量消費に加担する前に自分の服を大切に

いらなくなったあの服やこの靴を処分する前に見つめ直して

あなたのクローゼットに眠る、かつては毎日のように着ていたジャケット、履いていたスニーカー。時は経ち、新しいシーズンに移り変わり、次々とクローゼットに追加される新品の洋服たち。去年の春に奮発して買ったあの1着よりも、今着たいのは昨日買ってまだタグが付いているこの1着なのだろう。“飽き”というもの悲しくも免れられない心理現象なのだ。しかし、一度は心をときめかせた昔のアイツらを処分してしまう前に、新しい命を吹き込んでみては?モデルの阿部ジュリアが着こなす解体されたスニーカーから生まれたブルゾンを見れば、自分の服の見方が変わるはず。

ファッションは“トレンド”という基盤の上にそびえ立つ、世界をまたにかけるビジネスだ。モード界ではニューヨーク、ロンドン、ミラノ、パリを初めとする世界各国で開催されるファッションウィークにて各シーズンの“最先端”たる洋服が世に打ち出される。ストリート界ではスケート、ヒップホップなどのカルチャーを反映するブランドの数々が毎日のように“今ホット”になる商品をドロップする。ファッショニスタたちからしてみれば、いかに早く手に入れて着るかが勝負どころである。入手困難なもの(生産数が少なかったり、値段が高いなど)を発売日直後に身につけて街を歩くと、いつもよりなんだか視線が高くなっていると感じることは否定しない。私たちはみな新しもの好きなのだ。


では、“新しい”という言葉について少し視点を変えて考えてみよう。あなたが最近原宿のとんちゃん通りで買ったビンテージのMETALLICAの『Damage, Inc.』のツアーTは、あなたのクローゼットにとってはピカピカの1年生である。しかし、このTシャツは実年齢が30歳を超えている長老であり、何人かのクローゼットを渡り歩いてきた末にあなたの手元に回ってきたのである。かつての持ち主たちも一度はこのTシャツに目を輝かせ、少しの間生活を共にしたのだ。しかし月日が流れ、その輝きに目が慣れてしまい、別の”キラキラ”に興味が湧いた。そしてそのTシャツはポイっとどこかに放り投げられ、何かしらの軌跡を経て今あなたの目の前に来ているのだ。こうしてバドンのように受け渡されていく洋服たちのリレーに私たちは参加しているのである。


今シーズン買った<GUCCI>の「Dionysus」バッグや<Supreme> x <The North Face>のキャップ、そしてネットで見つけた『SCARFACE』のTシャツが毎日一緒に玄関を出入りする今、半年前に買った<Skepta> x <Nike Air Max 97>は少し底が汚れた状態で箱の中で眠っているのだろう。あなたが「もう着ない」という判を押した洋服はどのようにしてあなたのクローゼットから削除してる?メルカリやyahoo!オークションに出品してる?RAGTAGに売りに行く?友達にあげる?もしくは燃えるゴミの日に出す?


目まぐるしいスピードで消費されていく洋服たちに溢れるこの世の中で、せめて今この瞬間自分のものである洋服たちを大切にしてみてはいかがだろう。クローゼットから1着追い出す前に角度を変えて向き合ってみたら、また新しい着方が見つかるかもしれない。

例を挙げると、誰しも必ず1足は持っているスニーカーは、いつからか「カジュアルで動きやすい履き物」として知らずと定着している。そんなスニーカーも皮なりゴムなりの素材を加工して作られた1つの形式として売られているだけであって、必ずしも履き物としてだけ着用しなければいけないというルールなど存在しない。ちょっと履いてもう飽きちゃったスニーカーにハサミを入れて解体すれば何かの部品になる。この部品をまた違う部品と組み合わせれば新しい何か、例えばブルゾンができるかもしれない。このブルゾンは“古い”部品でできた“新しい”ものになる。そしてあなたは新しい洋服を手に入れたときめきを再び味わえるのだ。


このような“カスタム”こそがファッションの消費者としての楽しさなのではないだろうか。何かを購入することなど、お金さえあれば誰にでもできることだ。もちろん店で洋服を買うこと自体に娯楽性もあるが、その先にある“着ること”がある前提での娯楽だ。同じものを持っている人がたくさんいる中、その買った洋服や靴を何と一緒に着るか、どこに着ていくかで個々の色が着色される。毎日私たちは着る服を選び、認識していてもしていなくても一種のカスタマイズされた自己表現をしている。ならば、もう少し思考を捻ってみれば、すでに多種多様な着まわしを経てネタに尽き、「もういらない」と思うスニーカーも、一度“スニーカー”というレッテルを剥がして“ブルゾン”という新たな生き方を与えたら「また着たい」ものに変えられるのだ。


「…と言われても面倒くさいし、やっぱり新作の<HELMUT LANG>が欲しいからいらないスニーカー売ってそっち買いたいし」って思う人に向けて一言だけ言いたい。ここは幸いにも日本という先進国で、なおファッションにおけるフォーカスが強い国だ。ここで生活をしているあなただから脳にその発想が存在するのである。海を渡ってみれば靴を履きたくても履けない人たちもいるのだ。むろん、あなたが稼いだお金で新しい服なりバッグなりを買うことを非難するつもりはない。それはあなたが正々堂々と得た権利なのだ。だが、何か買い足す前に、自分が今持っているもの、そしてそれらを所有できるほど恵まれている自分の環を認識して敬意を払う心得を持ってもらえたらと思う。


PHOTO : HIROTSUGU SODA
STYLING : KOSEI MATSUDA [Signo]
HAIR & MAKE : NAOYUKI WATANABE [3rd]
MODEL : JULIA ABE[image]
EDIT & TEXT : KODE 編集部

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