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シンゴスターとアメリカンカルチャーのPOPな関係

PUNPEEが音楽を手がけた『水曜日のダウンタウン』のサイケデリックでクールなOPアニメや、スチャダラパーらが声優を務めて話題になった『おはよう忍者隊ガッチャマン』、はたまたNHK Eテレ『キッチン戦隊クックルン』といった教育番組、CMのアニメーション、キャラクターデザイン、そこで流れている音楽に至るまで、『ポップ』で『カワイイ』をコンセプトに、様々なメディアにおいて印象的な仕事を残している注目の映像制作会社ODDJOB INC

設立当初は音楽レーベルから始まり、今年15年目を迎えるODDJOBの代表であるシンゴスターは、子どもの無邪気さと大人の冷静さの間を気ままに行き来する生粋のシティボーイだ。スチャダラパー擁するLBネイションきっての多趣味人としても知られるシンゴスターに、これまでに影響を受けたカルチャーの数々と、ODDJOBの最大の特徴である「カワイイ」モノについてのこだわりについて貴重な話を聞く事ができた。コレクションの数々の写真も併せて楽しんでもらいたい。


―パーティから生まれた音楽レーベルが起点

「最初は恵比寿ミルクで『RADIOSHOCK!!!』っていうイベントをやってたんです。それが800人くらい入るイベントだったの。DJが僕、シンちゃん(スケートシング)、タケイグッドマン、スチャダラANI、SHINCO、ライブがTUCKERとかせきさいだぁとか、あとTUCKERの知り合いでジャッキー&ザ・セドリックスに出てもらったりした、すごいミクスチャーなイベント。あと下の造形係が千葉君(HIPHOP最高会議)で。そのイベントが人が凄い入るから、レーベルやらないかって話がきて、レーベルの第1弾はTUCKERだなと思って。そこからODDJOBが始まったの」

期せずして音楽レーベルとしてスタートを切ったODDJOBだったが、大阪のイベントでスチャダラパーがライヴをした際に、客として遊びにきていたNY帰りのビートボクサーのAFRAとの出会いが、この新興レーベルを一気に軌道に乗せることになる。


―大阪出身のビートボクサー、AFRAの世界的なブレイク

「まずAFRAが富士ゼロックスのCMに出演して大人気になったんですよ。デジタル複合機でFAXとコピーとメールが同時にできるのと、AFRAも同時に音が3つ出せるというコンセプトで、バーンと世にでて。CD出した当初はあんま動かなかったんだけど、そこから毎日出演依頼の電話と、CDがどんどん売れて」

一躍全国規模の人気者となったAFRAは、大阪で同じくビートボクサーとして活動していたK-MOON(Gradis Nice)と啓をメンバーに加えて、世界初のビートボクサーユニット、インクレディブル・ビートボックス・バンド(IBB)を結成。そのユニークな音楽性が元ストーンローゼスのイアン・ブラウンの目にとまり、IBBはイアン・ブラウンのイギリスツアー12箇所の前座でイギリス中をまわり、スペインで開催された音楽フェス「sonar2005」やオーストラリアの「Big Day Out」など、海外のビッグフェスに出演する様になる。それは新興のレーベルとしてはこれ以上ない成功だったが、ODDJOBが音楽レーベルからアニメーションに移行するきっかけも、その成功の影にあった。

「エレクトロムーブメントがずっと続いてたんですよ。僕たちの周りだと海外のフェスに呼ばれるのが、HIFANAか、DJ KENTAROくん。あとは卓球さんとかDJ KRUSHかな。インスト音楽で盛り上がってた時期だったんだけど、その後にVampire Weekendが出てきたり、みんなバンドとかに変わってったの」


―ミュージックビデオをきっかけに動画作品に着手

音楽シーンのトレンドが一気にバンドに舵を切ったことで、インストのクラブミュージックで勝負していたIBBを巡る状況も自ずと変わっていくことになる。

「あとリーマンショックもあって日本のアーティストがあんまり海外に行かなくなった時代になって。これはまずいなと思ってたんだけど、プロモーションビデオを見てるとジャスティスがSO MEを使ってアニメーションを描かせたりとか、MGMTがジャケットにイラスト使ったりとか、自分たちが好きな放課後ラップの人たちも自分たちの友達がアニメーション撮ってる感覚で出してて。これならうちも出来るぞと思いアニメの方に移って」

スチャダラパー『スチャダラ外伝』のジャケットなどで知られるシャシャミンがキャラクターデザインを手がけ、海外でのライヴ映像もふんだんに使われたIBBのMV『Mouth Music feat. 石野卓球 & SHINCO』は、ODDJOBが制作した初のMV作品でありながら、錚々たる面子を抑えスペースシャワーミュージックアワードのCG賞を獲得。現在に繋がる重要な作品となった。

「こう言っちゃあれだけど、AFRAたちのおかげで、海外の文化を生で見て吸収できたのと、(時代の変化が起きていて)これはまずいっていう危機感を2007年から10年で体験ができて」


―面白返しをしあっていた青春時代

ここで一旦シンゴスターのバックグラウンドを辿ってみよう。

「僕の母校は本当変わった学校で、同級生に『平凡パンチ』とかに書いてたイラストレーターの大橋歩さんの子供がいて。小学校2年生の時に、彼の誕生日で家に遊びに行った時に、その大橋さんと旦那さんが旅行して買ってきたちっちゃいハンバーガーの消しゴムとか細かいものが、駄菓子屋さんにある気泡がいっぱいはいったガラスの瓶の中に飾って入れてあって。それが並んでるのを見た時に、僕のこと呼んでるって思って。そこからポップなものとか細かいものを集めるようになって。あと同級生にジャングルブラザーズのデザインとかやってたCGゲンがいて、立花ハジメさんやテイ(トウワ)さんを紹介してもらったり。彼がハジメさんに僕を面白い奴だって紹介すると、次から友達として会ってくれる。”その面白いやつ”にどう答えるかって言うところで面白返しをしてたっていう」

業界の中でも一際異彩を放つシンゴスターのエッジーなアイデアの源泉は、クリエイティヴで個性的な仲間たちに囲まれて育った青春時代にあった。


―作風の源泉はアメリカンカートゥーン

ODDJOBのアートワークの最大の特長として、ニコロデオンやハンナ・バーバラといったアメリカンカートゥーンに代表される、わかる人にはネタ元がわかるキャラクターデザインが挙げられる。一見ポップでありながら、マニアックな文脈でも語ることができるのは、近年日本のレアグルーヴとしての再評価も著しい渋谷系の音楽とも通じるところがある。

「自分にとって1番好きなものはそこだからね。でもたとえばシンちゃん(スケートシング)のデザインもかっこいいんですよ。でも僕は向こうに面白いって思われたい気持ちがすごいあって。アメリカンな表現やる人だと、(ロッキン)ジェリービーンとかローブロウでかっこいい人はいるんだけど、こっち側はいなかったのよ。やっぱりサブカルチャーでも空く席って少ないの。それで、(カートゥーンで)空いてる席を見つけたっていうか。」


―多大な影響を受けたコメディ軍団

カートゥーン作品と同様に、アメリカンなコメディや学園モノの影響も外せないという。フェイバリットムービーのひとつであるという『アニマルハウス』の話題を振ると、シンゴスターは本棚から一冊の書籍『National Rampoon』を取り出した。

「これがアニマルハウスの元になってる本で。『ナショナル・ランプーン』っていうコメディ雑誌が卒業アルバムのパロディ本を出したの。それを元にアニマルハウスを作るんだけど。これがすべてのそういう映画の始まりでオリジナル。最近復刻もでて。ナショナル・ランプーンって、元々カナダのコメディ集団なんだよね。それで雑誌出してたりとかラジオとかお芝居をやったりして、チェイビー・チェイスとかもともと作家なんだよ。そこから自分で出るようになってね」

ナショナル・ランプーンは、有名どころでは前出のチェビー・チェイスや『ブルースブラザーズ』のジョン・べルーシ、『ゴーストバスターズ』のハロルド・ライミスにジョン・キャンディなどなど、才能溢れるコメディアンを数多く輩出。そこから派生した現在もつづく大人気TV番組『サタデーナイトライブ』は、海を越えて『オレたちひょうきん族』など日本のバラエティ番組の礎となり、70年代から80年代にかけて、世界中のお笑いの価値観をも書き換えた。もちろんシンゴスターが海外のTVから受けた影響はコメディだけにとどまらない。


―子供番組のアニメも常にチェック

「僕らの子供の頃は普通に民放でゴールデンタイムに『スタスキーアンドハッチ』、夕方帰れば『奥様は魔女』、『セサミストリート』も『スヌーピー』もやってた。で、歳取ってからも海外の子供番組ばっか見てるからさ、『スティーブンユニバース』とか。それで、フラッシュアニメって最初抵抗あったけど、フラッシュアニメでミッドセンチュリーモダン入れてすごい可愛くやってるのとかがいっぱいいるわけよ。だから、このアニメだったら僕もいける!っていうところが凄いあった。その元となっているハンナバーバラの作品は今見ると面白いの。ディズニーは最早アートで、とにかく国の予算みたいなお金かけて、絵を描く人も舞台美術みたいな人が1個1個書いてるんだけど、ハンナバーバラは量産アニメだから、背景が線で、キャラが走る時は上半身が動かないで足だけぴょこぴょこって動くじゃん。あれってすごいカワイイなと思ってたら、あれは手抜きなのよ。それがカワイイ」

キャラクターデザインを手がけるシャシャミンの描くキャラクターとコミカルな動きの相乗効果も相まって、リミテッドアニメは今やODDJOBのレーベルカラーをも決定付けることになった。

「シャシャミンとは一緒に考えながら作ってる。もともと友達だったんだけど、米ちゃん(米原康正/カメラマン)が『ペットスタイル』っていう本を出した時に、シャシャミンがアメリカンカートゥーンな挿絵を描いてて。これができるんだったら一緒にやろうよって言って始まったの。」


サブカルでリミテッドアニメというと懐かしの『ウゴウゴルーガ』を思い出すと話すと、興味深い答えが帰ってきた。

「ウゴウゴルーガは関係なくはないよ。あの当時関わってる人たちが知ってる人たちだったりしたからさ。それこそマドモワゼル・トキさんが作詞してたりとか。いま活躍してるディレクターやプロデューサーが中学高校の頃に渋谷系で育った人たちが多くて、シャシャミンやODDJOBがちょうどハマったんじゃないかな」


―ODDJOBならではの持ち味

音楽制作からこの道に入ったシンゴスターは、表現者としてのルーツをないがしろにすることは決してない。そして経営者としてのビジョンは懐古主義に陥ることなく、常に変化し続けている。

「ずっとアメリカンなものが好きで。それがすごいカワイイと思ってたんだけど、今はキャラクタービジネスみたいなのに足を突っ込んでしまったのもあって。こないだ商品化するのが上手い面白いおじさんに出会って。その人によるとうちのアメリカンテイストはダメなんだって。マニアックで線多すぎで、商品にできない、お金がかかりすぎちゃうとか。で、やっぱり売れ筋は、犬猫熊、時々ペンギンって言われた(笑)。でも今流行ってる日本のゆるキャラみたいなのは僕の中にないもん」

自分の好きなものに対するこだわりを捨てずに日本のキャラクターマーケットにアプローチすることの難しさを語ってくれた。


最後にこれからのODDJOBの展望について聞いてみた。

「今後はもっと発信していくことをやらなきゃいけないなって。自分たちで作った『これがODDJOBのキャラクターです』と言えるものを広めたいのと、音楽から始まった会社なので、また密に音楽に関わっていきたいとは思ってます」

時代や流行とのバランスを取りながらも、決して初期衝動を忘れることのないシンゴスターとODDJOBの次なる展開に今後も注目していきたい。

TEXT: 東京ブロンクス
PHOTO :寺沢美遊

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